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以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2011年 『PLANETS SPECIAL 2011 夏休みの終わりに』 | - 中国人にとってと、日本人にとってとでは、風景が持つ意味が違います。日本人にとっては、風景や風土の保全なくして、絆の保全がありえないんです。
- 円谷英二のメッセージは、「忘れようとしていたものに復讐される」。怪獣退治に勧善懲悪のカタルシスはなく、怪獣を生んだ<秩序>を温存する後ろめたさが残ったのです。
- 円谷的なものの復活、「得体の知れなさに開かれた子供のほうが大人よりもすごい」という感受性の復活が必要です。そこで僕が期待するのが「魔女っ子もの」なんです。
- 脱社会的存在が柔和であり続けるための条件は仏教の往相還相にあります。いったん<社会>から<世界>へと離脱した場所から<社会>そのものをありそうもない奇跡として見出す。
- セカイ系的感受性の蔓延に対処する水準ではなく、セカイ系的感受性を蔓延させる世界史的摂理(キュウべえの水準)でコトを構えるべきです。
- 親に承認されなくても、自分を承認しない親を承認した上で、自分自身が「承認する親」になれば良い。そういう「引き受ける存在」となって、自己の消滅と引換に世直しを達成する。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2011年 『宮台教授の就活原論』 | - 内定取り消しが社会問題化していて、世間は同情的ですが、多くの場合、僕は学生に同情しません。『会社四季報』や『帝国データバンク』などを読まず、イメージ先行で就職先を決めている学生が大半だからです。
- 長い間学生たちの就職活動を見て来て感じるのは、学生側の適職幻想が非常に強くなったことです。「自分はこういう人間だから、こういう仕事が向き、別の仕事には向かない」という思い込みです。
- 内定を取りまくるタイプには共通性があります。自分にコレが向いているとかアレがやりたいなどと言わず、自分はなんでもやれますという構えであること。実際自分はなんでもやってきました、と実績を示せるということ。
- グローバル化(資本移動の自由化)を背景にして、経営環境はこれから一層流動的になり得ます。これしかできないなどとホザく適応力を欠いた人材は採ろうにも採れないのです。
- 自分はどういう人間だとか、自分は何がしたいとかいうことに、注意を集中する学生は(あるいはそれを学生に求める企業は)、流動的な環境における新しい経済活動のゲームに参加する資格がないと言えます。
- 「年長世代の自明性を破らない能力」ではなく、「年長世代の自明性を破る提案を連発しつつ、相対的に人間関係を台無しにしないですませる能力」が重要になります。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2011年 『floating view 郊外からうまれるアート』 | - 映画を撮るというのは、人を撮ることが主眼であるときでさえ、室内を含めた風景を登場人物の一人として撮るということです。
- トラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』は冒頭5分で怒鳴り声を上げたくなるダメな映画です。風景が問題なんです。
- 関西は、ボケるまでもなく皆が初めからボケてる空間なので、何でも出来るわけ。対照的なのが東京で、皆が梯子を外されないように下駄履いて仮面つけて演技して…。
- 60年代アヴァンギャルドでは作品と風景が完全にシンクロしていて、街の風景がめちゃくちゃ汚かった。そんな汚い街が好きだというのと、60年代アバンギャルドが好きだというのは、同一のことです。
- 上の世代からは殺伐とした何もない風景に見えても、下の世代から見ると郊外はワンダーランド。子供たちは風景に溶け込んでいるからこそ生き生きとしている。
- 空っぽな風景が空っぽな者にとってのワンダーランドになる。そうした主観的風景を社会学者は「感覚地理」って呼びます。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2011年 『原発をどうするか、みんなで決める 国民投票へ向けて』 | - 国家は原発について何も知りません。知らずに推進しているだけです。
- あらゆる権益やコミュニケーションの基盤が、電力の地域独占供給体制に依存しています。電力会社の影響力が政治・経済・社会・文化全体に根を張っているのです。
- 国民投票が、ポピュリズムにつながる国民大の多数派政治より、むしろ「参加と包摂」を旨とする共同体自治への呼び水であることを国民的にわきまえる必要があります。
- 民主主義的な近代国家は、〈引き受けて考える社会〉でなければいけませんが、日本は〈任せて文句をいう社会〉です。
- 日本以外の先進国の多くでは、自治体の議員はプロフェッショナルではなく、それぞれ普段の仕事をもった人たちがパートタイムで努めます。 プロフェッショナルに政治を任せたら自治にはなりません。
- 【スローガン】
〈空気に縛られる社会〉から〈知識を尊重する社会〉へ!
〈行政に従って褒美を貰う社会〉から〈善いことをすると儲かる社会〉へ!
〈任せて文句をいう社会〉から〈引き受けて考える社会〉へ! |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2011年 『社会システム理論 不透明な社会を捉える知の技法』 | - 日本には、単にコミットするだけの素朴に情緒的な輩と、単に高みの見物を気取るだけの素朴に理性的な輩が多すぎます。
- 二重の意味で知識人がいなくなりました。知識人を支える「オラたち」という概念がなくなり、知識人が付託に答えるべき相手「オラたち」がなくなりました。今や知識人は単なるエクスパートと同義です。
- 「格差社会がいけない」なんて言っているインテリゲンチャは日本にしかいません。格差がそれ自体いけないなんてことは、絶対ありえません。
- 世の中にはいろんな差別がある。どの差別が一番重要か。ある差別にコミットして涙を流すと、機会費用が生じ、他のことに涙を流せなくなります。だから優先順位が重要になります。
- コミットした結果、周りが見えなくなって別様な行動との比較可能性に思いが及ばなくなるようなことは避ける必要があります。コミットした状態で、なおかつ頭を冷えた状態に保っていただきたい。
- 日本人は[自分たちの幸せの前提が何であるか、何であり続けてきたのか」という集合的自意識を持っていないのです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2011年 『IT時代の震災と核被害』 | - 「安全か危険か評価できない情報を出すな」という批判は最悪の機能を果たします。つまり「安全なのか危険なのか、はっきりしろ」と問われて答えられないデータを政府が隠すことを奨励してしまうのです。
- 情報発信側が「君たちのレベルはこの程度」と低いレベルに合わせて発信すれば、社会は知識社会化しません。
- 日本社会には〈依存〉が蔓延しています。国民も政治家も行政官僚側に〈依存〉しすぎ。巨大システムに〈依存〉しすぎ。自明性に〈依存〉しすぎです。
- 「便利と快適」よりも「幸福と尊厳」が大切です。「幸福と尊厳」の獲得には自分たちで自分たちを操縦することが不可欠。これはすべての事柄に共通する実存問題です。
- 空気が一変するとモードが切り替わります。敗戦後の僕たち日本人は空気の一変によって天皇主義モードから民主主義モードになったのです。間違っても天皇主義者から民主主義者に転向したのではありません。
- 「終わりなき日常」は他力頼みでは絶対に終わりません。終わらせるという決意と艱難辛苦なくして、終わることはありえません。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2012年 『踊ってはいけない国、日本、 風営法問題と過剰規制される社会』 | - 〈巨大なフィクションの繭〉の破壊は、現に社会がどう回っているとかいう〈リアリティ〉の獲得と同じです。世直しの営みを有効にするには、強力な〈価値〉と徹底した〈リアリティ〉が必要です。
- 80年代から発言力を増す新住民は、現に社会がどう回っているかの〈リアリティ〉を欠いた存在です。暴力団排除の世論も、店舗風俗排除や有害図書排除、クラブ終夜営業排除の世論も、専ら新住民のものです。
- 厳罰取締によるヤクザのマフィア化は、「新住民の気が済むかわりに、女の子たちを犠牲にさせる最悪のもの」です。暴力団排除が「新住民の気は済むが、生活世界に◯チガイが溢れる」になるのと同じ機序です。
- グローバル化は資本移動自由化です。資本移動自由化は人を不安にします。店も人も文物も入れ替わるからです。人は不安から逃れたいから〈悪者探し〉にかまけがちになる。
- 社会的に恵まれず、知的ネットワークから排除された「孤独な人」が、もっぱら〈クレイジー・クレーマー〉として噴き上がります。
- 日本にはすでに棄民になっているのに自分がそうだと気づかない人が多いんですよね。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2013年 『ゲンロン通信 #9+10』 | - 僕は、日本は「キチ力”イに刃物」だから脱原発した方がいいと思い続けているし、極東が緊張した状況では日本の対米交渉力がないのでTPPもやめた方がいいと思っていますよ。
- 日本でも、僕自身を含めて脱原発の方は多数いるものの、政治的背景に無頓着で、原発政策の最大要因である日米関係を念頭に置かない人が多過ぎます。
- 「脱原発」には「対米自立」が不可欠で、「対米自立」には「アジア外交の積み重ね」が不可欠です。でもその積み重ねがない。
- 日米関係のあり方を変える構想抜きには脱原発はあり得ず、逆に、原発があるうちは技術的にも事故処理面でも対米依存から抜けられません。そのことが3.11のフクイチ事故でよく分かりました。
- 軍事外交上の政治力学のただなかに置かれたウクライナや日本やインドやイスラエルやイランや中国とアメリカは、原発が技術的に合理的だから選択しているわけじゃないので、政治力学が変わらない限りは原発が永久に残るでしょうねえ。
- 日米関係を変えられない間は、原発と共存するしかありません。そして実際、日米関係を変えようという議論がほとんどありません。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2013年 『「絶望の時代」の希望の恋愛学』 | - 女の子の多くはウンザリしています。「私はこんな男との結婚で終わるのか」「私のセックスはこんなもので終わるのか」という欝屈があります。
- 〈物格化〉とは、人を入れ替え不能な人格としてより、まるで入れ替え可能な道具のように扱うことです。男が女を〈物格化〉することです。もちろん、女が男を〈物格化〉することもあり得ます。 性愛相手である男の〈物格化〉を帰結するような女性同士の絆 -- 典型は「腐女子」 -- が急な広がりを見せたのが1997年頃のことでした。
- 出会い系サイトで男と出会う頻度が最も高いのが「低偏差値グループ」です。「高偏差値グループ」「中偏差値グループ」の子は「そこまで浅ましいことをしたくない」という気持ちになるので、出会い系サイトをそれほど使いません。
- 1990年に、講談社の『ヴューズ』という雑誌で東京の主要大学女子学生の性行動を調べたときに、僕が調査設計と分析をしました。面白いことに、東大の女の子の1週間のマスターベーション頻度は、立教・青山・早稲田などの女の子の2倍以上だったんです。
- 「マザコン系男子」は、自分を脅かさないものしか愛せない「殻にこもった男」です。この種の男は、女に吸い込まれる形で〈ここではないどこか〉に向かおうとはしません。〈ここ〉での自分にしか関心がないんです。
- とっても女の子の趣味に話をぴったり合わせていくと「この人、こんなに趣味が合うー!」って〈変性意識状態〉に入ってしまう女の子がとっても多いんです。そこからいくつかボタンを押すだけで、すぐにセックスできるところにまで行きます。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 虚淵玄との対談パート | - 『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本は、見る側が想像もしなかった驚くべきストーリーでした。『エヴァ』から15年続いた「自分は変わるべきか」という問題設定を「世界は変わるべきか」に変えた。
- まどマギでは自己愛モチーフが破棄されます。主人公が、世界の改変と引き替えに、「世界の承認を獲得する」かと思いきや、「世界から消滅する」という結末になるんですからね。これには本当に驚きました。
- まどかのように、実はイエスにも悲壮感はまったくなかったんです。十字架のイエスのイメージは痩せこけ、荒野の修行者集団エッセネ派を想像させます。実際は大酒飲みの大食漢で、笑わせるのが大好きだった。
- 「癒し宗教」は来世救済を約束、あなた次第で心は平安になると諭します。「世直し宗教」は現世救済を呼び掛け、世の在り方次第で人の幸いは決まるから世直しに乗り出せ、と告げます。
- イエスが復活し永遠の生命を得た、という復活信仰は、実存神学的には、特に使徒たちの体験において、イエスの存在水準が変わったことだと理解できます。死んだのではなく、新たな次元で生きているのだ、と。
- 自分を乗りにくい車に喩えて、運転される自分と、運転する〈自分〉を、分けてみます。そして、運転する〈自分〉だけを、本体だと見倣すんです。つまり、自分を〈自分〉へと縮小して抽象化するんです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『戦争と性』 | - ヨーロッパの多くの国が管理売春を合法化しました。最近もデンマークが1999年に、オランダが2000年に、ドイツが2002年に合法化しました。フランスとベルギーとスイスは元々合法です。
日本では、米国の影響で、管理売春は非合法で、女性の自由意思の実質的な保障もありません。
- 経済的困窮から仕方なく売春する女性は、自由意思を行使しているように見えますが、附従契約 -- 余儀なくされた選択 -- なので、法実務では自由意思を認めません。
- 自由意思を実質的に保障するには売春の管理化が不可欠です。だから欧州には街娼がいるものの[管理売春×自由意思]が重視されます。でも日本は、米国の影響で「公式には」街娼を放置する[非管理売春×自由意思尊重]。
- 巨大な米軍基地があり、兵士による数多の性犯罪が起こり、多数の女性が死にました。そこで沖縄民政府は米国に慰安所を公設するように(管理売春による暴力の管理を)要求しましたが、米軍は断囲拒否しました。
- 米国は宗教的原理主義の国で、ピューリタン的性道徳に帰依する人々が政治的影響力を持ちます。だから、兵士の暴力をコントロールするべく、税金を使って兵站としての性を管理売春を通じて提供するなど、あり得ません。
- ヒルシュフェルトの主張は単純です。戦争がしたいなら、道徳的類廃にツベコベ文句を言うな。道徳的頬廃にツベコベ文句を言うなら、戦争をやめろ。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『これが沖縄の生きる道、 多様なる 「われわれ」に向けて 運動論の再構築 』 第2章 | - 「友/敵」図式は、元気のない人を鼓舞するのには覚せい剤的に役立っても、元気になった後の賢明な行動を少しも方向づけません。
- 「自分が批判相手の立場にあった場合、批判相手と違うことができるか?」を反実仮想すれば、多くの場合「できない」ことがわかる。そうした反実仮想の想像力抜きの批判は、単なる罵り合い以上の意味を持たない。
- 本来マイノリティや小さな共同体を守るためにこそ、いろいろな人たちと連帯していかなくてはいけないはずです。なぜなら小ささゆえにとりわけ人的リソースが限られるからです。
ヤマトの連中とは連帯できないという沖縄の人は、そうした当たり前の知恵を弁(わきま)えていません。
- ゼロか100かという二者択一の「絶対反対」闘争をすると、圧倒的にこちらが勝利できる場合を除けば「こちらがゼロ、あちらが100」という形で終わります。
「絶対反対」で怒りをぶつけたいのが自然感情でも、ぶつけた結果がみんなのためにならないなら我慢するのが大人。気が済むから「絶対反対」というんじゃ子どもです。
- 「いずれは平和な島を取り戻したい」というのは、単なる基地撤去じゃなく、〈本来あり得た沖縄を取り戻す〉ということ。〈本来あり得た沖縄を取り戻す〉ために何が必要なのか。
- 自力で検証しないまま「俺たちのことは俺たちにしかわからない」と思い込むのは賢明じゃない。「仲間がそう言ってるからという理由でそう思うといった態度は、今日ではどこでも通用しない」と言い合うべきです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『これが沖縄の生きる道 沖縄の両義性 「明るい沖縄」と「暗い沖縄」 』 第1章 | - 沖縄の問題には「本土の犠牲者」という面だけでなく、依存体質の構造的再生産を支えるファクター、たとえば〈敢えてする自律的依存〉から〈忘却の末の他律的依存〉への頽落への無頓着がある、と確信しています。
- ぼくの言う「自律的依存から他律的依存への頽落」という概念は、沖縄を見て考え付きました。ぼくは単に本土における公共事業誘致と同じような土建屋依存なのかと思っていました。
ところが出発点は明確に戦略的な「敢えてする依存」だった。- 沖縄の年長世代が「いまのうちに内地から土木でカネをふんだくる」と〈復讐〉のつもりでいるのが、霞が関の役人や永田町の政治家の一部が「なんだかんだいってどのみちカネが目当て、米軍基地返還も話半分、くっくっく」と徹底的な〈軽蔑〉を振り向ける。
- 沖縄には41個の米軍用地について跡地利用計画を立てるだけの地域の構想力やマンパワーがなかった。だから跡地利用のアクションプランを東京のコンサルに丸投げするような馬鹿げた事態になった。
- 北谷(ちゃたん)と天久(あめく)の基地返還跡地が「どこにでもあるショッピングモール」になったことは問題です。知り合いの国交省の役人たちは「返還してもどうせまたショッピングモールでしょ」と言います。
- ぼくの考えでは、沖縄問題の半分は沖縄人の責任でもあって、それを沖縄人自身が自覚しないと、多くのことは解決できないだろうと思います。
しかしこういうことを言うと、沖縄の言論界ではパージされがちです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 社会という概念なき沖縄の限界と可能性 | - 沖縄ではカネをふんだくることが内地への復讐になると捉えられてきました。でも内地の多くの官僚は「結局カネが欲しいんだろう」と軽蔑します。
実際カネさえ払えば基地を存続できると思われている。支払額をどう合意するかだけが課題で、基地返還や移転の要求はそもそも取り合う必要はないという理解です。- 辺野古で、防衛庁が珊瑚礁にダメージを与えないシュワブ内陸案でいこうとしていたら、自衛隊の民間親睦団体『沖縄県防衛協会北部支部』が、土木関係を潤わせるために大量の砂利とコンクリートを使うV字型滑走路案にアメリカ国防総省と密かに合意し、引っ繰り返した。
- 沖縄砂利採取事業共同組合主導で『金を沖縄に落とすには珊瑚礁を埋め立ててもらわにゃ困る』という時にだけアメリカと直談判するのは噴飯物だけど、沖縄がやろうと思えばアメリカと直談判できることが証明された。
- 責任の半分は沖縄にあります。交渉力を生み出すガバナンス能力が欠けているのです。本気で望むなら、内地とアメリカに対し本気ぶりを示す必要があります。 具体的には、近隣町村が全軍用地の跡地利用計画を立て、近隣町村ごとに住民投票を繰り返す。 沖縄はそれをしていません。
- 現在の沖縄には、本島が宮古と八重山を差別し、八重山では石垣が波照間を差別し、宮古と八重山がいがみ合うといった、柳田国男が戦闘期に指摘した差別が残ります。
- 「沖縄はひとつ」は薩摩の島津氏や明治維新政府や米国を敵とした場合の「友/敵」図式として浮かび上がるだけです。国民共同体と等価な「我々は沖縄人」の意識は沖縄にはありません。
- カネにこだわる内地の経済保守は浅ましく、国境にこだわる内地の政治保守は頓珍漢で、どちらも沖縄が取るベき道ではありえないと宣言すればいい。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2012年 『統治・自律・民主主義、 パターナリズムの政治社会学』 | - 【社会設計】〈自立した共同体〉では〈引き受けて考える作法〉と〈合理を尊重する作法〉が奨励されるのに対し、〈依存的な共同体〉では〈任せて文句垂れる作法〉と〈空気に縛られる作法〉が奨励される。
- 【社会設計】〈自立した個人〉が支える〈妥当な民主制〉なるものが、歴史的に形成された社会的文脈を前提として初めて成り立つ以上、そうした社会的文脈が自明でない場合には、論理必然的にパターナリズムが要請される。
- 【民度憂国】日本は、原発について妥当な〈技術の社会的制御〉ができない。かつて零戦を作る技術はあっても戦争を合理的にマネージするノウハウを欠いたが、同じ理由に基づく。
- 【巨大なフィクションの繭とは】例えば、日本にだけ存在する「原発絶対安全神話」や、原発電源は安いという嘘を可能にした「いつかは回る核燃料サイクル神話」だ。他にも枚挙に暇がなかろう。
- 【原発住民投票】二つ誤解がある。第一に反原発条例ではない。脱原発であれ原発推進であれ原発についての住民意志の表明を目的とする。第二に世論調査に基づく政治的決定ではない。ポピュリズムに陥りがちな議会政治を正す。
- 【民度憂国】〈巨大なフィクションの繭〉と〈知識社会から排除され分断された住民〉を放置したままでは、原発について妥当な〈技術の社会的制御〉ができない。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2013年 『atプラス 16』 これからの住民自治をめぐって | - 僕の同級生や教え子を見る限り、役人になるときのマインドはなかなかいいんです。でも10年も経たないうちに、ミイラ取りがミイラになってしまう。
理由は、40歳前後で課長や課長補佐になるまでに天下りの椅子を増やす政策を行なえた人しか昇任できない仕組みと、体育会的な承認システムの存在です。
- どうして日本は、地域活性化と称してバイパスをつくったり、駅前再開発と称して大型ショッピングモールをつくったりしかできないんでしょうか。どうしてほかのアイディアが出ないんでしょうか。
これは土建業者や、中央や都道府県の役人が悪いんじゃないんです。僕たちがそうした開発に異を唱えてこなかったというのが、いちばん大きいんです。
- 国交省をはじめとする中央の役人には、日本の津々浦々、地方地方に、どんな公共事業が必要かを判断する力は、いまはありません。能力の問題でなく、経済的発展のステージがかつての産業基盤整備や生活基盤整備の時代から先に進んでいるからです。中央の役人が各地域に固有の物語を描けるなんてことは、情報理論的にありえません。
- アメリカでは大統領制と住民投票が表裏一体です。日本では、住民投票というと「ポピュリズムだ」と批判されるんですね。住民投票は世論調査に過ぎないという考えなんです。政治学的には40年くらい時代遅れな話です。実は、逆に、ポピュリズムに抗うために、住民投票が行なわれるんです。
- グローバル化を背景に、先進国は例外なく格差化と貧困化による中間層の分解に直面し、共同体が空洞化しつつあって、人びとは不安と鬱屈感にさいなまれがちです。その結果、「やっちまえ!」と噴き上がって溜飲を下げたい〈溜飲厨〉と、「おおよく言った!」と承認してもらえそうなことを言ってポジションを獲得したがる〈承認厨〉が増えるんです。
- 僕たちがお金を節約できる仕組みを電力会社が妨害している事実を、自民党支持者や支持団体にていねいに説明していくことが大切です。
脱原発と言えば反発してしまいますが、「僕たちの手元にお金を残すための工夫をしたいのに、妨害する仕組みがあるので、廃止させていきましょう」と言えば、なるほど、そうか、という話になります。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2013年 『経済政策の射程と限界』激TALK ON DEMAND | - 必要なのは、需要への最適応答ではなく、新たな価値の創造による市場創出。欧州企業が打って出た再生可能エネルギー分野も、新たな価値の創造による市場創出です。価値の創造に必要なリテラシーの涵養に無頓着な日本が際立ちます。
- 中央からのお金に〈依存〉していて、地域の〈自立〉の足腰はスカスカです。でも当の住民からそんな反省は一切出ません。この事実が日本の民度を示します。
- イノベーションが叫ばれますが、必要なのは単なる技術革新ではありません。必要なのは新しい価値をインストールすることによる新しい市場の開拓と独占。政治もそうですが、ニーズに合わせたら終わりです。
- 日本は「共生」「共有財」の発想がなく、「一心同体」という貧しい発想しかありません。だから、他の先進国ならば苦もなくできる「子々孫々のための既得権益のシフト」が、自力ではまったくできないんです。
- 「他人が不幸せになっても気にかけない」というマインドセットを持つ人々が経済的プレイヤーである場合、経済がうまく回るほど社会がダメになり、それゆえやがて経済もダメになります。
- 共同体であるかどうかの定義は、災害社会学的には、システムが頼れなくなった際、代わりに共同体を頼って生きていけるか。言い換えれば、共同体のために犠牲になることを厭わぬ者がいるか否かです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『再構築された[旧約聖書/創世記]を解く』 | - アポカリプスとは神が姿をあらわすという意味で、人が善いことをしても悪いことをしても神は動かないけれど、人が神を忘れると突如動いて、すべてのものを拭い去ってそのあとに新しい世界を創る。
- 旧約聖書では、主なる神は「世界」つまり「あらゆるもの」を創った存在で、僕たちはその「世界」の「内」に存在するもののひとつです。だから神は「あらゆるもの」の「外」にいるわけで、我々の前に神があらわれるということはあり得ません。
- 聖書には矛盾がたくさん残してある。それは、神は絶対者なので、不完全な相対者である人が、神の言葉や意図を正しく理解できないという前提によるものなんですね。
- 全能の神は、あえて蛇にイヴを誘惑させて、不完全な善悪判断をする人を創った。不完全な人が存在することこそが、神の意図です。
- 『デビルマン』や『幻魔大戦」なんかは基本的に二元論ですね。
一方、ユダヤ教やキリスト教やイスラム教は二元論を否定します。悪や不条理や理不尽が存在するのも、全能の神の意志だと考えるんです。
- アメリカのキリスト教信仰はかなり特殊なんです。利他的にふるまったので永遠の命を与えてくださいというご利益信仰で、神をコントロールする発想です。欧州の新教・旧教ではこういう解釈はありえません。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』 | - 社会設計なるものは、そもそも逆説を孕むことになります。未来になれば子々孫々の感受性が変わってしまうかもしれないのに、僕たちはいまの感受性で未来社会のまともさを構想せざるを得ないからです。
- 〈現実の虚構化〉が進んだのです。そこでは、記号が「現実」を代表するのでも、記号が「現実」の代わりをするのでもありません。「現実」自体が記号として消費されるのです。逆に言えば、記号自体が「現実」として消費されるのです。
- カラオケブーム以降、音楽が何か「についての」表現だという感覚は、急速に薄れました。代わりに、「皆が知っているかどうか」「皆が気持ちよく盛り上がれるかどうか」だけが評価されるようになりました。その意味で、音楽がファッションや化粧品と同じ一種の消費財になったのです。
- 旧住民よりもむしろ神経質な新住民の要求に、行政が応じて、店舗風俗が壊滅させられて、全て派遣風俗にシフトした結果、ナマ本番競争で性感染症のリスクに晒されたり、客の暴力のリスクに晒される女性が増えました。
- 日本には、不安であるがゆえに超越神にすがる -- 言い換えれば超越神の存在ゆえに不安に耐えられる -- というタイプの宗教的文化はありません。実際、キリスト教徒の割合は3%に及びません。
- 社会設計などと言わなくても、教育ひとつとってみれば分かります。僕たちは、良かれと思って子供たちを特定の仕方で教育しています。しかし、どのみち社会が変わる以上、それが本当に良いかどうかは誰にも分かりません。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『オタク的想像力のリミット 〈歴史・空間・交流〉から問う』 | - マニアとオタクとどこが違うか。これは「既成宗教とカルトはどこが違うか」という宗教社会学的問題の応用です。答えは同じです。市民社会との両立可能性が疑われるものが、オタクであり、カルトなのです。
- 日本のオタク的コンテンツが、国外で大きな力を持つようになった理由を、カルスタでは扱いきれません。〈大英帝国的な反省ツール〉を日本のオタク的コンテンツに当てはめても、所詮は何も見えないのです。
- 僕は『サブカルチャー神話解体」を上梓した92年から昭和コンテンツの歴史についての講義を20年続けていますが、この5年間の食いつきが最も良いのです。学生たちの言によれば「平成に希望が持てないので、相対的に昭和が輝いて見える」ということです。
- 『ウルトラセブン』シリーズ終了後に放映された『怪奇大作戦』では、「社会から虐げられた者が犯罪を以て復讐する」形式が反復されます。実相寺昭雄監督の回の全てがそうですが、復讐の瞬間、復讐者には心中者と同じ「光」=〈闇の力〉が降りています。
- 僕が麻布学園で中高生時代を生きた70年代半ばは、振り返ると毎日が相当に苦しい時代でした。実際、自殺したりドロップアウ卜したりする友人たちもいました。僕には証言するべき義務があるのです。
- 社会はクソ。俺もクソ。お前もクソ。だからこそクソな現実を、あり得たかもしれない(絶対にあり得ない)想像的世界と併せて、拡張現実的に享受する他ないのです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『新国立競技場、何が問題か オリンピックの17日間と神宮の杜の100年』 | - 民主主義が健全に機能するためには、〈自立した個人〉が必要です。ですが、〈自立した個人〉は天からは降ってこないので、それを支える〈自立した共同体〉が必要になります。 つまり、国家や巨大電力会社などに依存しない共同体です。
- 〈依存的な共同体〉 、国家や巨大電力会社にぶら下がる共同体は、必ず〈依存的な個人〉を大量生産します。なぜなら、共同体が寄りかかっている大きな物に敵対する個人は、必ず潰されるからですね。そうした〈依存的な個人〉は必ず、民主主義を、たとえ制度として存在したとしても、デタラメに機能させます。
- 僕は2 、3 年前まで、原発推進派の立場を表明しておりました。けれども、世界でも日本の原発行政だけが、じつは〈巨大なフィクションの繭〉に因われているということに気づいて、日本についてだけは原発はダメだという立場に変わりました。
- 「原発絶対安全神話」は日本にしかありません。「全量」すべての使用済み核燃料を再処理できるという神話、これも日本にしかありません。あるいは「原発は最も安い」という神話も日本にしかありません。
- 日本の都市計画は環境倫理学への無知に基づいており、未だにニーズを計画評価の物差しに使います。新国立競技場コンペのプログラムが、愚昧ぶりを象徴します。
- オリンピックだけに関する短期的で浅薄な、いわばあさましいニーズに寄りかかることなく、僕たち子々孫々にわたる〈尊厳〉を考えていく必要があるわけです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』 | - 全体主義に抗うのに、非全体主義的な -- 徹底して民主主義的な -- やり方は採用できないのか。あるいは、いまや有効性が低すぎて、全体主義を使わずには全体主義に抗えないのか。
今日最先端の政治学や政治哲学においては悲観的な見方が拡がっている。
- 3・11で〈終わりなき日常〉は終わったか。あり得ない。〈終わりなき日常〉には三つのレイヤーがあり、どのレイヤーでも3・11が何の影響も与えていないことを、簡単に証明できる。
- 「現実」にまともに乗り出さないで「虚構」に留まることについて、いままでは言い訳が必要だったのですが、オウム事件以降は、言い訳がいらなくなったのです。
- 「現実」も「虚構」も、大衆文化も伝統文化も、学問もサブカルチャーも、全てが、〈自己のホメオスタシス〉にとっての素材になったのです。この意味での「軽い現実」こそが、「セカイ」と呼ばれるものの本体です。
- 「セカイ系」と、「現実」を「虚構(ゲーム)」のように生きる「バトルロワイヤル系」とが、分化(differentiatin)した、ここ10年以上続いている状況は、安定した動的平衡状態(定常状態)です。この状態が相当長く続くのではないかと推定されます。
- ありとあらゆるものが恣意的であることを指摘し、それを指摘する自分の営みもまた恣意的であることに自己言及するのが、社会学です。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』 | - 3・11で〈終わりなき日常〉は終わったか。あり得ない。〈終わりなき日常〉には三つのレイヤーがあり、どのレイヤーでも3・11が何の影響も与えていないことを、簡単に証明できる。
- 日本全体の救国はほぼ不可能です。理由は「鶏と卵」問題です。健全な社会の創出には健全な市民の創出が必要ですが、健全な市民の創出には健全な社会が必要だ、という循環構造があるからです。
- 社会設計なるものは、そもそも逆説を孕むことになります。未来になれば子々孫々の感受性が変わってしまうかもしれないのに、僕たちはいまの感受性で未来社会のまともさを構想せざるを得ないからです。
- マクドナルドのハンバーガーを美味しいと感じたり、ETCを便利だと感じる感受性が〈システム〉を外側から正当化してくれる、などと見倣してはならないのです。「これがいい」「あれがいい」という感覚や価値観自体が〈システム〉の自己言及的な分泌物です。僕(たち年長世代)は、これを不快に感じます。
- 哲学が「汝自身を知れ」という言葉通り「我」としての自分自身を知るための学問だとすれば、社会学は「我々」としての私たちが「何者」で「どこから来て」「どこへ行く」のかを知るための学問にほかならない。
そう、とりわけグローバル化や高度技術化の進展に伴う見通しにくさに苦しんでいる我々にとって、重要な学問であるはずなのです。
- ありとあらゆるものが恣意的であることを指摘し、それを指摘する自分の営みもまた恣意的であることに自己言及するのが、社会学です。
- とりわけ若い人たちに申し上げたい。どうか2010年代を「他人任せ」にせず、「自分たち」の手で切り開いて実りあるものにしてください。 否定的な踏み台となることも含め、文章を含めた僕の活動がそれに役立つなら、これにまさる幸せはありません。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2013年 『小室直樹の世界 社会科学の復興をめざして』 | - 小室先生の出発点は敗戦の研究です。敗戦の悔しさから出発しておられる。二度と戦争に負けたくない。それで社会科学を勉強した。
- ウェーバーや小室先生が宗教を重視するのは「心の習慣/簡単に変えられない行為態度」をもたらすからです。ところが日本には社会全体を支配する宗教的教義がありません。
- ウェーバーのエートス概念。「簡単に変えられない行為態度/心の習慣」という意味です。特定の「心の習慣」がある社会とない社会では、資本主義を達成できたりできなかったりするのです。
- 合衆国が典型であるように、歴史を振り返って祖先たちの意志を確認する「心の習慣」を持つ社会だけが、憲法を存在させられます。日本はどうなのでしょう。
- 小室先生は僕に「人が凄まじく合理的であろうとする動機が合理的であるはずがない」とおっしゃったことがあります。 小室先生は社会学者でただ一人、僕の援助交際研究を全面支持して下さったけど、僕に不条理な動機が強烈に存在することを理解して下さいました。
- 人を作るのが制度。制度を作るのが人。鶏と卵の堂々巡りを見るにつけ、どこから手を付ければ良いのか途方に暮れます。するとやはり伊藤先生のように -- 小室ゼミのように -- 学校や私塾の形でできるところからやるしかないとも思います。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2012年 『脱原発とデモ そして、民主主義』 | - 国会議員や霞が関官僚、電力経営陣や電力労組などの連中にとって、こういうデモは痛くもかゆくもありません。
- デモをするにもやり方が大切です。僕がデモを主催する立場なら、有力な議員に対して「番組内で30秒以上デモに肯定的に言及してくれるなら、テレビの出演機会を提供します」という具合に持ちかけます。
- 官僚や議員の会見を官報宜しく垂れ流すだけの記者クラブのマスコミ。これらのシステムを温存したままで、僕らが〈巨大なフィクションの繭〉から出られるわけがありません。
- 原発推進政治家には落選運動を、原発納品企業や原発電源販売企業には不買運動を、徹底して展開していく。そのためにも原発電源販売企業から電気を買わないで済む発送電分離を早期に実施させる。
- 官僚は政治家に弱く、政治家は有権者に弱く、有権者は官僚に弱い関係にありますが、国民が直接運動で働きかけられるのは、政治家と経営陣です。
- 東電など地域独占的電力会社に原発を納入している東芝、日立、三菱。企業は営利団体です。儲かるから原発をやります。原発をやると商売上がったりになると思ったら原発の商売は必ずやめます。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2013年 『おどろきの中国』 | - 【おどろきの日本】「幸せに生きられるかどうかは自分次第なのか、社会の秩序が必要なのか」と問うと、日本以外の国、アメリカもヨーロッパも中国も、6〜7%しか「自分次第」という人が出てこないんだけど、日本では「自分次第」という人がだいたい35%以上いるんですよ。
- 【おどろきの日本】われわれは平時しか想定しておらず、安全保障の必要を考えておらず、安全保障の必要性を考えたときに当然要求される強いパワー(政治権力)を要求しておらず、さらにはそういうものを要求しないわれわれの特殊条件というものも自覚していない。
- 【おどろきの日本】日本にはこうした共同体_適応_規範ないし共同体同調規範があるにもかかわらず、奇妙なことに、共同体_存続_規範がとても薄いのです。たとえば、この家族内ではこうするべきだ、この地域内ではこうするべきだ、といった規範的圧力には同調するし、同調しないメンバーをあげつらうのに、家族の存続や地域社会の存続には熱心にコミットしようとしない。
だから、環境の変化にしたがって、家族も地域も、ものすごい勢いで空洞化してしまう。その結果として、少し前にはあれほど家族や地域の内集団環境に「適応」しようとしていたにもかかわらず、気がついてみると家族や地域がすっかり消滅していて、人びとの行動パターンが別物に変化してしまっている、といったことが起こりがちです。
すごくわかりやすく言うと、近傍への適応のプライオリティが高すぎるんです。
- 【おどろきの日本】文科省の役人と話していても、厚労省の役人と話していても、彼らは、日本の社会保障に関する制度を説明するとか、制度の意義を説明するだけではもうまったくだめだと認識しているんです。まず社会とはどういうものであるのかを理解してもらうことと、あと、社会がまわるということが大切だと思ってもらうための「埋め込み」が重要だというふうに、役人サイドでさえ思うようになっているんですね。その点、日本はそれだけ危機なのかもしれない。
- 【おどろきの日本】日本はいくら「ベき論」を言っても、空気が動かなければ何も動かないという問題を抱えています。しかも現在の空気は、中国脅威論の一辺倒です。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』 | - 古い社会では「なぜ昨日あったように今日もあり、今日もあったように明日もある」という自明性に堪えられたのでしょうか。一つの理由は、空間が異方的で、時間が周期的だったからです。
- 古来、祭りにおいては、性別が入れ替わり、強者と弱者が入れ替わり、タブーとノンタブーが入れ替わる。つまり〈役割の逆転〉と呼ばれる事態が生じます。どこの国のどんな文化でも同じです。
- インターネットでは〈感染する力〉も〈畏怖する力〉も生じないし養われません。〈感染する力〉も〈畏怖する力〉も自己防衛の壁を取り払いますが、それらを欠いたネットでは自己防衛だけが蔓延しがちです。
- ネットの初期には、従来の人間関係以上の何かが起こるかもしれないと期待するリーダー層がネットに参入したのが、そこで成果があがると、オフライン(対面状況)で人間関係を作れないフォロワー層が、埋め合わせにネットを使い始めました。
- 完全だろうが不完全だろうが、生活世界の問題は例外なくシステムの問題だということです。だから、生活世界をまともにすることは、システムをまともにすること以外ではあり得ません。
- 過ぎたるは猶及ばざるが如し。過剰なゾーニングは、マクロには(社会全体に定位すると)多様性が増したと見えて、ミクロには(個人から見える風景に定位すると)むしろ均質性が増します。
- 「小さな政府」とは、厳しい生き残り条件下で負担免除された「強い政府」です。政府が小さくなる分、下から創出される、「大きな社会」で埋め合わせなければならない。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』 | - 「ゾーニングからフュージョンへ」「サウンドからノイズへ」が僕のスローガンです。見たいものしか見えない社会はよくない。
- 過剰なゾーニングは、「社会としては、多様な属性を持つ万人を尊重するように見えて、個人としては、多様性への免疫が失われる」という逆説を招き寄せてしまいます。
- まちづくりは単なるフィール・グッド・ソサエティを目差してはなりません。f分の1揺らぎじゃないけれど、そもそもノイズのない環境では、人は〈世界〉を享受できず、 〈社会〉に閉じ込められます。
- 昔から那覇には直線的に伸びる街路はなく、蛇状に曲がっています。台風に襲われるので、風が直行しないようにしてあります。
- 〈疑似単身者化=一つ屋根の下のアカの他人化〉
同じ家で暮らしていても、「テレビの個室化」や「電話の個室化」で、家族がバラバラにそれぞれの世界に繋がっている事態が、ごく当たり前になりました。これが、1980年代に急速に進展した「共通前提の崩様」の最も重大な側面です。
- 「小さな政府」とは、厳しい生き残り条件下で負担免除された「強い政府」です。政府が小さくなる分、下から創出される、「大きな社会」で埋め合わせなければならない。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学』 | - 私の理論的出発点は社会システム理論だから、元々は理性に照準してきた。人々の人格に帰属される事物に多大な負担をかける代わりに、ソーシャル・デザインと、それを担う理性的エリートに期待するということだ。
- 〈世界〉は「本来なら別様であり得たのにこれでしかない」という風に現れる。〈世界〉は「別様であり得た可能性」と共にあり、我々はいつもそこから疎外される。
- 「感情への設計」というパターナリズムが「本来の感情的あり方」なる本来性を召還するのであれば、不安や不全感をニセの本来性で埋め合わせる全体主義の営みとして、徹底批判する。
- ヒトは、世界を音楽的ストリームとして体験しながら、概念言語を機能させている。曲に歌詞が乗っていれば、ソレが冗談なのか真剣なのかが曲想で分かる。或いは、映画音楽次第で台詞の意味が変わってくる。
- 【バタイユ】原初的社会では例外なく「呪われた部分」を定期的に再認識させる装置を作動させる。それが、マクロには祝祭であり、ミクロには性愛である。
- 【歴史的経緯】「手打ち」とは、互いを滅ぼさないための相互拘束の約束である。悲劇を記憶するから、敢えて「そういう話にしておく」と相互拘束するのであって、記憶がなければ約束は無内容だ。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 | - 男子の凝視が始まるのは小学校高学年くらいからですが、男子にとって凝視対象の女子は”謎”です。性欲を惹起する存在=女子が、男子と同じように生きて何かを考えたり感じたりしていることが腑に落ちない。
- 女の子の多くは、女の子に同化できると同時に、男の子の視線にも同化できる。僕の言葉では、女の子の多くは、女の子にも男の子にも”ダイブ”できる。彼女たちがBL(ボーイズラブ)を楽しめる背景にも、それがあります。
- 援交ブームだった20年前もそうだけど、女の子は、高校生になるまでに「無自覚で無防備だと男に好かれがち」であることを弁え、意識的にピュアさを演じるようになります。実際、援交で人気が集中するのは、ピュアさを演じている子だったわけです。
- 課題や目的があれば、単なる”自分”じゃなく”自分を見る自分”という視点が取れるようになります。それによって、課題がないときの、剥き出しで弱いがゆえに引きこもりがちな自分と遣い、「自分を運転する自分」が得られて、課題の縛りゆえに逆に自由になります。
- 女の子の多くは血糖値が機嫌に直結するので、チョコやアイスを食べたら急に元気になったりするんです(笑)。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『社会という荒野を生きる。宮台真司ニュースの社会学』 | - 拡がる〈感情の劣化〉は既に一部で意識されるようになり、個別には対処も進んでいる。最もよく知られるのが2010年から拡がった初期利用者層のフェイスブック離れだ。
- 【「風の谷」戦略】共通するのが、インターネットを劣化空間と見倣して切り離すことでコミュニティを保全する構えだ。これらは謂わば「社会を荒野と見倣して共同体存続を図る試み」だ。
- 共同体をインターネットから見えなくする〈見えないコミュニティ化〉は選別&排除のシステムで、しかも排除されている当事者には排除されている事実が分からない。
- 女性は一般的に「異性の視線に敏感だ」と言われます。でも、ちゃんと見ると、実際は「男の視線に対する自分の反応を、他の女が見たらどう思うか」を気にしているんです。
- 「日本の伝統」という言い方がよくありません。「この地域の伝統」と言うならいい。「日本の」と言うと日本全体にそうしたような伝統があるかのように聞こえてしまう。
- 刑法学とか民法学とかだと、法実務の世界があるでしょ?でも、憲法学にはないということで、日本では「机上の空論にいそしむ人たち」というイメージがあり、陽が当たらないのです。まさに法文化の貧困です。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『社会という荒野を生きる。宮台真司 ニュースの社会学』 | - 【社交格差】〈感情の劣化〉ゆえに〈見えないコミュニティ〉に所属できない者は、インターネットの劣化空間に類するものしか知らない。 すると主観的な社会イメージが劣悪になるから、自らの営みも荒みがちで、〈感情の劣化〉が加速する。これは悪循環だからどんどん昂進する。
- 【天皇】2014年以降の陛下の御発言の分厚さを見ると、日本の政治が、そして社会が向かおうとする方向を、非常に強く憂いておられる事実が、拝察できます。
- 【民度憂国】愛国教育のようなもの、道徳教育のようなものをやると何が起こるのか。「僕こそが愛国者です」と損得勘定で愛国ブリッコをする「浅ましい輩(やから)」「さもしい輩」が増える。
- 【メディア】出版社の編集者や番組のプロデューサーは、ネトウヨ言説に怯えちゃダメです。アメリカでは「ラウド・マイノリティ」と言うけど、「声だけデカイ少数者に怯えるな」という話です。
- 【創られた伝統】伝統的であろうとしなければ伝統的でありえない時点で伝統が空洞化している。日本人であろうとしなければ日本的でありえない時点で日本性は空洞化しています。
- 【民度憂国】「メディアが流さなかったものを、学校で流していい訳ないだろう」ですって?ありえません。メディアが流さなかったことの是非を、評価する能力を養うのが、メディアリテラシー教育だからです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『これが沖縄の生きる道、 〈恨みベース〉から〈希望ベース〉の未来構想へ 』 第3章 | - 「豊かになりたい」という願望の実現と、「依存せずに自立したい」という願望の実現:畢寛「豊かであり続けたい」という願望の実現:は両立しない。そこから目を背けない〈感情の能力〉が必要です。
- 目を背けたくなることから目を背けずにいられるのは感情の使用法に関わる能力です。それに支えられてはじめて、視野の中に、理性を働かせる対象や、意志すべき目標が出現する。
- 色街つぶしは〈新住民化〉が背景です。〈新住民化〉と言う場合、地元に根付いていない旧住民じゃない人が増えることと、親が旧住民でも地元の来歴を知らない人が増えることの、両方を指します。
- 「見たいものだけを見て現実だと思い、見たくないものを見ないで忘却する」のは、人の世の摂理なのです。しかし、こうした忘却に委ねると世が滅びます。
- 家族生活の多様化は、機会を拡げて人を自由にする面では、よきことです。しかし、それによって家族の共通前提:共通感覚や共同身体性:が失われるのは、よくない。強いられた理不尽な同居に堕するからです。
- いまの内地は〈クソ社会〉以外の何ものでもありません。内地のような〈クソ社会〉を目指すことが、沖縄が生きる道であるはずがありません。絶対に。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 | - 僕も、いわき市に住む弟が震災から連絡が取れず、弟の目にとまるように原発関連のツイートを大量に発信して、脱原発の活動家みたいになりましたが、当初の僕は弟の安否が気がかりで、誰かが弟の安否情報を教えてくれるんじゃないかという思いでした。
- 僕なりにアドバイスすると、色気を学ぶのに有効なのは、古い映画を観ること。今の子たちは、グラビアアイドルにしても女優にしても、エロくありません。1990年代半ばくらいまでは、間違いなく今よりもずっとエロかった。
- 〈ここではないどこか〉へと誘う力。神秘性と言ってもいい。「神秘=よくわからないもの」だからです。「私はよくわからないものへと開かれている」という感受性を持つ人にしか、本当の色気は表現できないんです。
- 日本の売春は、1958年の売春防止法施行の後に犯罪になりましたが、江戸時代から第二次大戦の敗戦までは公娼制度がありました。敗戦後は公娼制度がなくなりましたが、占領軍の要求もあって、売春がずっと合法でした。
- 日本だけでなく、ヨーロッパにも「聖なる娼婦」の観念があります。つまり子宮回帰願望を投影された母親的存在。「この世はかりそめの場所だから、元いた場所へ帰りたい」という発想を神秘主義と言いますが、まさに神秘主義の典型です。
子宮に還(かえ)る、母親に還る、海に還る、大宇宙に還る。自分が世界から分け隔てられる前の、温かくて大きなもののなかに溶け込んでいた頃に、還る。
- 「脱ぐ脱がない」なんて女優にとっては本当にどうでもいいことで、映画には脱がないと成立しないシーンがあるから脱ぐというだけのことです。
映画で「聖なる娼婦」を演じる女優が、脱がないなんでありえません。なぜなら、剥き出しの体からオーラが出るからです。「脱ぐとイメージが壊れる」というクズ女優もいますが、脱ぐことで壊れるイメージなど初めから壊れています。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『これが沖縄の生きる道、 国境に生きる人々の知恵 』 第4章 | - ぼくが「格差と貧困が増大した」という言い方よりも「中間層が分解し共同体が空洞化した」という言い方を好むのは、非貧困層であっても〈感情の劣化〉を被るメカニズムに言及できるからです。
- 一部の調査では、安倍支持層の若い世代は、他の若い世代に比べて、所得は高いが独身者が多く、独身者の中でもパートナーがいない割合が多いという結果、が出ています。
- ネトウヨをはじめとする都市的保守は歴史的経緯を知らないし、たとえ知ったとしてもどうでもいいと思っているでしょう。この種の問題をぼくは「河野太郎と河野洋平の区別つかない問題」と呼びます(笑)。
- 国立社会保障・人口問題研究所の人口予測では2030年に1億1662万人に減り、2060年には8674万人に。凄まじい人口減ゆえに、商店街が経済的に沈滞する大きな趨勢は多くの場所で変えられない。
- 互いに見知らぬ個別地権者の恣意に任せれば、各人が自己利益を優先するから、意見集約が難しくなります。すると短期的な利益が見通しやすくて合意しやすいショッピングモールができることになります。
- 重要なのは、商店街の全体性を考えながら計画を立てることです。その際「一見活発な商店街に見えて、大半がチェーン系」みたいになっても仕方ありません。そこには地域住民にとっての街がないからです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 「10年後の日本、感情の劣化がとまらない」 | - 「いざという時、自分が助かるための道具こそ絆(きずな)だ」という発想はナンセンス。絆は手段ではなく目的です。「自分が犠牲になっても助けたいと思う人がいること」が絆です。
- 日本でも〈見ず知らずからなる我々〉は崩壊しています。2007年の調査によれば、政府は貧困家庭を助けるべきでないと答える人の割合が、欧州で10%前後、アメリカで28%なのに、日本では38%もあります。
- ネット化による参加の拡がりと敷居の低下で〈感情の劣化〉を被った人々が蝟集(いしゅう)し、この人々をターゲットにした〈感情の動員〉ゆえに民主制が誤作動するという〈感情の政治=ポピュリズム〉が拡がります。
- 2005年頃からシェアの動きは膨らみます。フリーライダーやメンヘラーの増加で良質なコミュニティが維持できなくなったので、責任を持つ紹介者がいないと入れなくする動きが進みました。
- 「ネットにおける顔の見えない化」に対抗する、「ネットから営みを見えなくする〈見えない化〉」は、僕が関わってきた性愛ワークショップに関係する界隈にも拡がっています。
- 〈見えないコミュニティ化〉が進むと、見える部分が専らネットの〈劣化空間〉ばかりになるから、社会の劣化とりわけ成員の〈感情の劣化〉が実際よりも進んでいるように見えるようになります。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島』 | - 2010年に、先進各国で「フェイスブック離れ」を含めた「SNS離れ」が始まった。
「感情的劣化層」から自分たちを守るために、フェイスブックを含めたSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)全般から退却して、ネット上から見えないコミュニティに向かう動きが、ベルギーから生じて、あっという間にヨーロッパに広がった。
- 僕は不可逆な悪循環過程に入ったなと感じる。それは「感情の劣化」と「見えないコミュニティ化」の悪循環だ。
- 「(ネットからは)見えないコミュニティ」に入れない人から社会を見ると、ネット界隈がメジャーであるかのように見えて、実態以上に社会全体が殺伐として感じられる。すると行動劣化にさらに拍車がかかる。
- 主婦にネトウヨが多いでしょ。要は退屈なんだ。だから毎日を充実させたいと思って何かをする。ところが、退屈という感情は多くの場合「寂しさ」の変換形。自分は寂しいと思うと自分を傷つけるから、そう思いたくない。だから「退屈」に変換される。それを充実で埋め合わせたい。そこで「ダイエット」と「ネトウヨ」が等価に機能するわけだ。
- 世紀の変わり目から、同じ舟に乗っている感覚がなくなった。なんだかんだ言って、みんな同じように生きていて、同じように辛いよね、といった、ほのかな「われわれ感覚」の連帯。それが急速に失われていったわけ。
- 「摩擦係数が小さい」がゆえに万人が平等な発言権を持って参加できるネット空間を、再構造化して、権威の階層システムそっくり直さなくちゃダメだと思うな。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『社会という荒野を生きる。宮台真司ニュースの社会学』 | - 戦後憲法は押しつけだという〈クソ保守〉と、民主主義は米国がくれたという〈クソ左翼〉は、表裏一体の「戦後レジーム」です。
- 【シュライエルマッハー】なぜ悪はあるのか。左(主知主義)は、全知全能である神の計画だと理解する。右(主意主義)は、神は全知全能なのだから、人知を超えて端的にソレ(悪)を意志すると理解する。
- 公共交通機関でベビーカーを利用する女性を蔑む輩や、子育て夫婦なんかに俺の税金を使うなとホザく非モテ独身男が、珍しくない。いやはや本当に国辱もの。
- 「女は男に近づけ」と「男は女に近づけ」を同時に言え。日本では相変わらず、女性に対して「仕事をしてもいいよ、だけど家事もね」というのがすごく多いんですよ。
- 総理大臣の質だけでなく、日本の教員の質も考えましょう。そうすれば、道徳で成績をつけることを制度化するという施策が、「一番病」「優等生病」のインチキ愛国者を量産する結果を反復してしまうだろうことは、もはや明白すぎるはずです。
- 修身斉家治国平天下ではないが〈感情の劣化〉を被った者はまず国家に飛びつくという特性を示す。そうした輩こそが国家を滅ぼす。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 2010年に、先進各国で「フェイスブック離れ」を含めた「SNS離れ」が始まった。
「感情的劣化層」から自分たちを守るために、フェイスブックを含めたSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)全般から退却して、ネット上から見えないコミュニティに向かう動きが、ベルギーから生じて、あっという間にヨーロッパに広がった。
- 僕は不可逆な悪循環過程に入ったなと感じる。それは「感情の劣化」と「見えないコミュニティ化」の悪循環だ。
- 「(ネットからは)見えないコミュニティ」に入れない人から社会を見ると、ネット界隈がメジャーであるかのように見えて、実態以上に社会全体が殺伐として感じられる。すると行動劣化にさらに拍車がかかる。
- 主婦にネトウヨが多いでしょ。要は退屈なんだ。だから毎日を充実させたいと思って何かをする。ところが、退屈という感情は多くの場合「寂しさ」の変換形。自分は寂しいと思うと自分を傷つけるから、そう思いたくない。だから「退屈」に変換される。それを充実で埋め合わせたい。そこで「ダイエット」と「ネトウヨ」が等価に機能するわけだ。
- 世紀の変わり目から、同じ舟に乗っている感覚がなくなった。なんだかんだ言って、みんな同じように生きていて、同じように辛いよね、といった、ほのかな「われわれ感覚」の連帯。それが急速に失われていったわけ。
- 「摩擦係数が小さい」がゆえに万人が平等な発言権を持って参加できるネット空間を、再構造化して、権威の階層システムそっくり直さなくちゃダメだと思うな。 | - そもそもネトウヨとは誰のことか。「ネトウヨって誰のことだよ」とほざいている輩(やから)自身のことです。
「自分もネトウヨかもしれない」という危惧のない人間は、「ネトウヨって誰だよ」なんてどうでもいいことに絡んでくるはずがない。そんなことをぐじぐじ問題にする浅ましいやつがネトウヨです。
- おじい・おばあを大切にする温かい沖縄の血縁社会は、他方で「もの言えば唇寒し」的な恐怖感を与え続けている。そうした状況を無視して「沖縄の連帯」「沖縄人のアイデンティティ」などと賞賛するのはダメ。こうした指摘を分断工作などと言うのはもっとダメ。
- 沖縄では、基地で働くことが決まったら「おめでとう」なんだよ。勤務時間も「9時〜5時」じゃなくて多くは「9時〜3時」。しかも日米の協定で国家公務員に準じた給料が払われる。
- 実験心理学では、感情が理性を方向づけるのであって逆ではないことが証明されている。感情が劣化しているから知性を尊重できないんだよ。だから処方箋も理性ならぬ感情の涵養にあるわけだ。
- 個人が分断されて孤立すると、埋め合わせのために強いものに所属したがる。
世を捨てていない限り、自分の周囲に承認を供給する共同性がないので、ネット内のクラスタみたいな疑似共同性や、崇高な精神共同体としての国家のような疑似共同性の「虚妄」に自分を委ね、自分は寂しくないと思おうとする。
- はい、人徳。これもキーワード。人徳がない輩が相手であれば、たとえ「思想が同じ」であれ、価値をシェアしているとは認めない。そんなのは、当り前のことだろ。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『これからの学校教育を語ろうじゃないか』 | - 「人材育成の失敗」。これがキーワードだと思います。今後もこの失敗から回復する見込みはないんじゃないでしょうか。
- 日本は「経済的に困っている人を助けてはいけない」と答える人が世界のどの国よりもダントツで多いんです。アメリカよりも多いんですね。
- 教育には、「当の個人が幸せになるという観点」でなされる議論と、「社会にとって前途有望な人材を、選別と動機づけによって調達するという観点」でなされる議論があります。
- 日本では、「専門家が決定する」と称して、実際はその専門家を選んだ官僚が決定している。
- ヨーロッパやアメリカでは、人々のニーズに応じて町づくりをしたら、でたらめな町になるということは自明なんです。
- 日本人ならたいていの人がある自明性の上に載っています。「この社会が今後も続く」という前提で、十年後とか言っているでしょう。どうでしょうねえ。十年以内に日本はおそらく… |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『21世紀のマダム・エドワルダ バタイユの現代性をめぐる6つの対話』 | - SNSに代表される〈脳内ダダ漏れ〉のせいで情報非対称性が崩れ、どんなに立派に見える者も〈実際はしょぼい〉という予期が一般化した。
- テクノロジーによる主体解体がもたらすのは〈全体性への統合〉でなく〈混沌による解放〉です。このビジョンはクローネンバーグが映画化したJ.G.バラード『クラッシュ』に描かれます。
- ソクラテスは世界を混沌だと捉えます。社会の秩序は混沌に浮かぶ奇蹟の島。ここには〈全体性への統合〉か〈混沌による解放〉かという二項図式が見られます。
- 〈統合〉派がシンフォ系プログレで、ピンクフロイドやイエスや初期クリムゾンが典型です。〈混沌〉派は爆音ギター系プログレで、1974年解散以前の後期クリムゾンが典型です。
- 不可視の本来性を追求する営みは、往々にして「これが不可視の本来性」というクリシェに嵌まります。
- テクノロジーが発達すると人格的統合概念が意味をなくし、社会成員がコンピュータでも犬でも人でも構わなくなるし、人の頭と手に別の主体性があっても構わなくなる。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『原発 決めるのは誰か』 | - 専門家は安全性を議論できる。僕たちはどのような社会がいいのかについて考えたい。そのことについて専門家は回答を与えてはくれない。ではどうするのか。自分たちで引き受けて考える必要がある。専門性を引き受けるということではなくて、価値を引き受けるということです。
- 福島大学の学生達を取材すると、教員も学生も原発や放射能汚染の話は事故当初からほとんどしないそうです。地元の人達が大勢、原発や電力会社に関わっていて、知人の誰が関わっているか分からないからです。「人間関係を破壊する問題については話せない」とはっきり言うんですね。これこそが、「ムラ」の論理です。
- 若い人たちは、価値を持つことで人間関係上の適応ができなくなることを恐れています。だから、価値なんか持たずに周りに合わせていればいいと思っているのです。
- 原子力ムラから外に出たときに、生きていけるような居場所があるだろうか。日本の場合、多くの人が「ない」と確信してしまうのですね。だからこそ、ムラの人びとは、ムラに必死にしがみつくしかないわけです。
- 日本の場合、原力ムラと反原子力ムラという内集団同士が、敵と味方に分かれて闘います。それぞれに揺るぎない「正しい答え」をもっていますから、合理性(リーズニング)が問われるよりも、どっちが勝つかだけが問題とされるのです。これが、日本社会の圧倒的な貧しさですね。
- 野次や吊し上げが典型ですが、糾弾モードの振る舞いが、市民運動側に蔓延していないでしょうか。そうしたことをやはり問いたいのです。相手方との合意に至ろうとか、知らなかった何かに気づこうという構えが、ほとんど見られないのは問題ではないか、ということです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『中澤系歌集 uta0001.txt』 寄稿「「告知される『蝕の時代」の始まりと、『遠き未来』の新生」 | - ワークショップなどで数多くの男たちを観察してきた経験から言うと、街頭ナンパは長くても五年で飽きる。中澤系の表現で言えば「類的な存在」であることに倦むのである。
- 中澤系『uta 0001.txt』の目次に目を通した途端、一瞬眩暈がした。恐るおそる時系列で読み始めると、記憶の怒涛が引き金を引かれ、しばし時間感覚を失う変性意識状態に陥った。
- 僕にとって97年から01年までは個人的にも「蝕」だった。街から微熱感が消えた「蝕の時代の始まり」と、個人的な「蝕」が重なっていた。
- 僕がフィールドワーカーに転じて街の女子高生に声かけし、援交する子を見つけて話を聞いていた90年代前半。街には微熱感があって、女子高生だけでなく、誰もが熱に浮かされていた。こうした微熱感は70年代後半のタケノコ族の頃から20年弱続いた。
- 97年から街を急に覆い始めた抑鬱感が、10年ほどの間に隙間なく全域化した。同じく、過剰なものを「イタイ」と名指して縮まり合う作法が、若い人の間で全体化した。僅かに残ったアジールはネットでは探し出せないように〈見えない化〉した。
- 僕は、個々の女や男のオーラを読むというより、街のオーラを読んでいたのかもしれない。そんなゲームを三十年続けてきた。本を読むのと同じで、街を読むのは、たとえヒリヒリしても、興味が尽きない。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 園子温との対談パート | - 人に見られていないとシャンとできない人たちの集まりじゃ、複雑な社会は作れない。実際、複雑に進化した社会には必ず「見る神」の観念があります。人が見ていなくても神が見ている。
日本の「お天道様が見ている」「ご先祖様に顔向けできない」もそう。
- 「世の中になんか適応してやるものか。嫌がらせしてやる」という動機は、元々は男子的なものです。ところが、ある時期以降、そういう動機を抱くのは女子のほうが多くなっている気がするんですね。
- 今の時代「それどころじゃない」ということなのか、子に関心を持てない親が増えています。そんな親の下で育つと、他者に関心を持つ仕方を知らずに育ち、他者の感情を理解するのが困難になりがち。
- 【SNS垂れ流し】相手が「脳内ダダ漏れ」なら秘密は作れず、秘密が作れないなら相互にダイブできず、ダイブできないなら深い関係が作れない。つまり、深い関係を作るには「脳内ダダ漏れ」をやめなきゃダメ。
ところが、そんな頭さえ働かない劣化した連中が溢れています。
僕は「虫けら」と呼んでますけど(笑)。
- 明治安田生活福祉研究所が2014年に公表した「20〜40代の恋愛と結婚調査」によれば、「交際経験がない」男は、どの年代でも女の倍だ。
各年代の男女人口はほぼ同じだから、男の二極分解が進み、一部の男だけが、高頻度で相手を替えるか、多股状態か、年少の女と交際している勘定だ。
- 親が自分の課題を子に押しつける結果、子が親の目標を自分の目標だと思い込む。時代的リソースも人格的リソースも違うから子は課題を達成できず、話が違うと親を恨む。
- 物事の外見に惑わされず、目の前の女子が、内側から今まで何を体験し、それゆえに今まさに何を体験したがっているのか、見極めるという基本線に立ち返るといい。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 プロローグ | - 【幸福とは何か】この問いが最も鮮烈だったのが60年代後半だった。高度経済成長で物が豊かになった。だが、人々は思ったほど幸せになれなかった。農村では過疎化、都会では過密化が進んだ。
- インターネット化は〈距離の困難〉のみならず〈表出の困難〉(赤面症や手の震え)や〈尊厳の困難〉(小学時代の大便漏れ)を免除する摩擦係数の低いコミュニケーションを支える。
それゆえに、対面ではあり得ないような島宇宙の細分化を、際限なくもたらす。
- 若い世代は仲間の空気に過剰適応しがちだ。腹を割るのが難しいので戯れが専らになり、損得勘定的な〈自発性〉を超えた、湧き上がる力としての〈内発性〉の動機が希薄になる。
- 社会批判のコミュニケーションにおいても、目立ちたくて言ってるだけ云々と全体を部分に帰属させる〈アイロニカルな理解〉が専らとなり、連帯不能になった。
- アイロニカルな梯子外しと、浅ましい空気の読み合いが、人づきあいでの鬱屈と不安を蓄積する。この抑鬱が、2ちゃんねるやツイッターなどインターネット上での「脳内ダダ漏れ」を拡げる。
- 畢竟、我々は幸福ではない。幸福になれる見込みもない。我々は「終わりなき日常」に圧迫される以外の作法を知らない。それが3・11で明らかになった。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』 | - 古い社会では「なぜ昨日あったように今日もあり、今日もあったように明日もある」という自明性に堪えられたのでしょうか。一つの理由は、空間が異方的で、時間が周期的だったからです。
- 古来、祭りにおいては、性別が入れ替わり、強者と弱者が入れ替わり、タブーとノンタブーが入れ替わる。つまり〈役割の逆転〉と呼ばれる事態が生じます。どこの国のどんな文化でも同じです。
- インターネットでは〈感染する力〉も〈畏怖する力〉も生じないし養われません。〈感染する力〉も〈畏怖する力〉も自己防衛の壁を取り払いますが、それらを欠いたネットでは自己防衛だけが蔓延しがちです。
- ネットの初期には、従来の人間関係以上の何かが起こるかもしれないと期待するリーダー層がネットに参入したのが、そこで成果があがると、オフライン(対面状況)で人間関係を作れないフォロワー層が、埋め合わせにネットを使い始めました。
- 完全だろうが不完全だろうが、生活世界の問題は例外なくシステムの問題だということです。だから、生活世界をまともにすることは、システムをまともにすること以外ではあり得ません。
- 過ぎたるは猶及ばざるが如し。過剰なゾーニングは、マクロには(社会全体に定位すると)多様性が増したと見えて、ミクロには(個人から見える風景に定位すると)むしろ均質性が増します。
- 「小さな政府」とは、厳しい生き残り条件下で負担免除された「強い政府」です。政府が小さくなる分、下から創出される、「大きな社会」で埋め合わせなければならない。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 古い社会では「なぜ昨日あったように今日もあり、今日もあったように明日もある」という自明性に堪えられたのでしょうか。一つの理由は、空間が異方的で、時間が周期的だったからです。
- 古来、祭りにおいては、性別が入れ替わり、強者と弱者が入れ替わり、タブーとノンタブーが入れ替わる。つまり〈役割の逆転〉と呼ばれる事態が生じます。どこの国のどんな文化でも同じです。
- インターネットでは〈感染する力〉も〈畏怖する力〉も生じないし養われません。〈感染する力〉も〈畏怖する力〉も自己防衛の壁を取り払いますが、それらを欠いたネットでは自己防衛だけが蔓延しがちです。
- ネットの初期には、従来の人間関係以上の何かが起こるかもしれないと期待するリーダー層がネットに参入したのが、そこで成果があがると、オフライン(対面状況)で人間関係を作れないフォロワー層が、埋め合わせにネットを使い始めました。
- 完全だろうが不完全だろうが、生活世界の問題は例外なくシステムの問題だということです。だから、生活世界をまともにすることは、システムをまともにすること以外ではあり得ません。
- 過ぎたるは猶及ばざるが如し。過剰なゾーニングは、マクロには(社会全体に定位すると)多様性が増したと見えて、ミクロには(個人から見える風景に定位すると)むしろ均質性が増します。
- 「小さな政府」とは、厳しい生き残り条件下で負担免除された「強い政府」です。政府が小さくなる分、下から創出される、「大きな社会」で埋め合わせなければならない。 | - 「ゾーニングからフュージョンへ」「サウンドからノイズへ」が僕のスローガンです。見たいものしか見えない社会はよくない。
- 過剰なゾーニングは、「社会としては、多様な属性を持つ万人を尊重するように見えて、個人としては、多様性への免疫が失われる」という逆説を招き寄せてしまいます。
- まちづくりは単なるフィール・グッド・ソサエティを目差してはなりません。f分の1揺らぎじゃないけれど、そもそもノイズのない環境では、人は〈世界〉を享受できず、 〈社会〉に閉じ込められます。
- 昔から那覇には直線的に伸びる街路はなく、蛇状に曲がっています。台風に襲われるので、風が直行しないようにしてあります。
- 〈疑似単身者化=一つ屋根の下のアカの他人化〉 同じ家で暮らしていても、「テレビの個室化」や「電話の個室化」で、家族がバラバラにそれぞれの世界に繋がっている事態が、ごく当たり前になりました。
これが、1980年代に急速に進展した「共通前提の崩様」の最も重大な側面です。
- 「小さな政府」とは、厳しい生き残り条件下で負担免除された「強い政府」です。政府が小さくなる分、下から創出される、「大きな社会」で埋め合わせなければならない。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 青山裕企との対談パート | - 男子の凝視が始まるのは小学校高学年くらいからですが、男子にとって凝視対象の女子は”謎”です。性欲を惹起する存在=女子が、男子と同じように生きて何かを考えたり感じたりしていることが腑に落ちない。
- 女の子の多くは、女の子に同化できると同時に、男の子の視線にも同化できる。僕の言葉では、女の子の多くは、女の子にも男の子にも”ダイブ”できる。彼女たちがBL(ボーイズラブ)を楽しめる背景にも、それがあります。
- 援交ブームだった20年前もそうだけど、女の子は、高校生になるまでに「無自覚で無防備だと男に好かれがち」であることを弁え、意識的にピュアさを演じるようになります。実際、援交で人気が集中するのは、ピュアさを演じている子だったわけです。
- 課題や目的があれば、単なる”自分”じゃなく”自分を見る自分”という視点が取れるようになります。それによって、課題がないときの、剥き出しで弱いがゆえに引きこもりがちな自分と遣い、「自分を運転する自分」が得られて、課題の縛りゆえに逆に自由になります。
- 女の子の多くは血糖値が機嫌に直結するので、チョコやアイスを食べたら急に元気になったりするんです(笑)。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 園子温との対談パート | - 人に見られていないとシャンとできない人たちの集まりじゃ、複雑な社会は作れない。実際、複雑に進化した社会には必ず「見る神」の観念があります。人が見ていなくても神が見ている。
日本の「お天道様が見ている」「ご先祖様に顔向けできない」もそう。
- 「世の中になんか適応してやるものか。嫌がらせしてやる」という動機は、元々は男子的なものです。ところが、ある時期以降、そういう動機を抱くのは女子のほうが多くなっている気がするんですね。
- 今の時代「それどころじゃない」ということなのか、子に関心を持てない親が増えています。そんな親の下で育つと、他者に関心を持つ仕方を知らずに育ち、他者の感情を理解するのが困難になりがち。
- 【SNS垂れ流し】相手が「脳内ダダ漏れ」なら秘密は作れず、秘密が作れないなら相互にダイブできず、ダイブできないなら深い関係が作れない。つまり、深い関係を作るには「脳内ダダ漏れ」をやめなきゃダメ。
ところが、そんな頭さえ働かない劣化した連中が溢れています。
僕は「虫けら」と呼んでますけど(笑)。
- 明治安田生活福祉研究所が2014年に公表した「20〜40代の恋愛と結婚調査」によれば、「交際経験がない」男は、どの年代でも女の倍だ。
各年代の男女人口はほぼ同じだから、男の二極分解が進み、一部の男だけが、高頻度で相手を替えるか、多股状態か、年少の女と交際している勘定だ。
- 親が自分の課題を子に押しつける結果、子が親の目標を自分の目標だと思い込む。時代的リソースも人格的リソースも違うから子は課題を達成できず、話が違うと親を恨む。
- 物事の外見に惑わされず、目の前の女子が、内側から今まで何を体験し、それゆえに今まさに何を体験したがっているのか、見極めるという基本線に立ち返るといい。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 プロローグ | - 【幸福とは何か】この問いが最も鮮烈だったのが60年代後半だった。高度経済成長で物が豊かになった。だが、人々は思ったほど幸せになれなかった。農村では過疎化、都会では過密化が進んだ。
- インターネット化は〈距離の困難〉のみならず〈表出の困難〉(赤面症や手の震え)や〈尊厳の困難〉(小学時代の大便漏れ)を免除する摩擦係数の低いコミュニケーションを支える。
それゆえに、対面ではあり得ないような島宇宙の細分化を、際限なくもたらす。
- 若い世代は仲間の空気に過剰適応しがちだ。腹を割るのが難しいので戯れが専らになり、損得勘定的な〈自発性〉を超えた、湧き上がる力としての〈内発性〉の動機が希薄になる。
- 社会批判のコミュニケーションにおいても、目立ちたくて言ってるだけ云々と全体を部分に帰属させる〈アイロニカルな理解〉が専らとなり、連帯不能になった。
- アイロニカルな梯子外しと、浅ましい空気の読み合いが、人づきあいでの鬱屈と不安を蓄積する。この抑鬱が、2ちゃんねるやツイッターなどインターネット上での「脳内ダダ漏れ」を拡げる。
- 畢竟、我々は幸福ではない。幸福になれる見込みもない。我々は「終わりなき日常」に圧迫される以外の作法を知らない。それが3・11で明らかになった。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - そもそもネトウヨとは誰のことか。「ネトウヨって誰のことだよ」とほざいている輩(やから)自身のことです。
「自分もネトウヨかもしれない」という危惧のない人間は、「ネトウヨって誰だよ」なんてどうでもいいことに絡んでくるはずがない。そんなことをぐじぐじ問題にする浅ましいやつがネトウヨです。
- おじい・おばあを大切にする温かい沖縄の血縁社会は、他方で「もの言えば唇寒し」的な恐怖感を与え続けている。そうした状況を無視して「沖縄の連帯」「沖縄人のアイデンティティ」などと賞賛するのはダメ。こうした指摘を分断工作などと言うのはもっとダメ。
- 沖縄では、基地で働くことが決まったら「おめでとう」なんだよ。勤務時間も「9時〜5時」じゃなくて多くは「9時〜3時」。しかも日米の協定で国家公務員に準じた給料が払われる。
- 実験心理学では、感情が理性を方向づけるのであって逆ではないことが証明されている。感情が劣化しているから知性を尊重できないんだよ。だから処方箋も理性ならぬ感情の涵養にあるわけだ。
- 個人が分断されて孤立すると、埋め合わせのために強いものに所属したがる。
世を捨てていない限り、自分の周囲に承認を供給する共同性がないので、ネット内のクラスタみたいな疑似共同性や、崇高な精神共同体としての国家のような疑似共同性の「虚妄」に自分を委ね、自分は寂しくないと思おうとする。
- はい、人徳。これもキーワード。 人徳がない輩が相手であれば、たとえ「思想が同じ」であれ、価値をシェアしているとは認めない。そんなのは、当り前のことだろ。 | - 2010年に、先進各国で「フェイスブック離れ」を含めた「SNS離れ」が始まった。
「感情的劣化層」から自分たちを守るために、フェイスブックを含めたSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)全般から退却して、ネット上から見えないコミュニティに向かう動きが、ベルギーから生じて、あっという間にヨーロッパに広がった。
- 僕は不可逆な悪循環過程に入ったなと感じる。それは「感情の劣化」と「見えないコミュニティ化」の悪循環だ。
- 「(ネットからは)見えないコミュニティ」に入れない人から社会を見ると、ネット界隈がメジャーであるかのように見えて、実態以上に社会全体が殺伐として感じられる。すると行動劣化にさらに拍車がかかる。
- 主婦にネトウヨが多いでしょ。要は退屈なんだ。だから毎日を充実させたいと思って何かをする。ところが、退屈という感情は多くの場合「寂しさ」の変換形。自分は寂しいと思うと自分を傷つけるから、そう思いたくない。だから「退屈」に変換される。
それを充実で埋め合わせたい。そこで「ダイエット」と「ネトウヨ」が等価に機能するわけだ
- 世紀の変わり目から、同じ舟に乗っている感覚がなくなった。なんだかんだ言って、みんな同じように生きていて、同じように辛いよね、といった、ほのかな「われわれ感覚」の連帯。それが急速に失われていったわけ。
- 「摩擦係数が小さい」がゆえに万人が平等な発言権を持って参加できるネット空間を、再構造化して、権威の階層システムそっくり直さなくちゃダメだと思うな。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 戦後憲法は押しつけだという〈クソ保守〉と、民主主義は米国がくれたという〈クソ左翼〉は、表裏一体の「戦後レジーム」です。
- 【シュライエルマッハー】なぜ悪はあるのか。左(主知主義)は、全知全能である神の計画だと理解する。右(主意主義)は、神は全知全能なのだから、人知を超えて端的にソレ(悪)を意志すると理解する。
- 公共交通機関でベビーカーを利用する女性を蔑む輩や、子育て夫婦なんかに俺の税金を使うなとホザく非モテ独身男が、珍しくない。いやはや本当に国辱もの。
- 「女は男に近づけ」と「男は女に近づけ」を同時に言え。日本では相変わらず、女性に対して「仕事をしてもいいよ、だけど家事もね」というのがすごく多いんですよ。
- 総理大臣の質だけでなく、日本の教員の質も考えましょう。そうすれば、道徳で成績をつけることを制度化するという施策が、「一番病」「優等生病」のインチキ愛国者を量産する結果を反復してしまうだろうことは、もはや明白すぎるはずです。
- 修身斉家治国平天下ではないが〈感情の劣化〉を被った者はまず国家に飛びつくという特性を示す。そうした輩こそが国家を滅ぼす。 | - 【社交格差】〈感情の劣化〉ゆえに〈見えないコミュニティ〉に所属できない者は、インターネットの劣化空間に類するものしか知らない。
すると主観的な社会イメージが劣悪になるから、自らの営みも荒みがちで、〈感情の劣化〉が加速する。これは悪循環だからどんどん昂進する。
- 【天皇】2014年以降の陛下の御発言の分厚さを見ると、日本の政治が、そして社会が向かおうとする方向を、非常に強く憂いておられる事実が、拝察できます。
- 【民度憂国】愛国教育のようなもの、道徳教育のようなものをやると何が起こるのか。「僕こそが愛国者です」と損得勘定で愛国ブリッコをする「浅ましい輩(やから)」「さもしい輩」が増える。
- 【メディア】出版社の編集者や番組のプロデューサーは、ネトウヨ言説に怯えちゃダメです。アメリカでは「ラウド・マイノリティ」と言うけど、「声だけデカイ少数者に怯えるな」という話です。
- 【創られた伝統】伝統的であろうとしなければ伝統的でありえない時点で伝統が空洞化している。日本人であろうとしなければ日本的でありえない時点で日本性は空洞化しています。
- 【民度憂国】「メディアが流さなかったものを、学校で流していい訳ないだろう」ですって?ありえません。メディアが流さなかったことの是非を、評価する能力を養うのが、メディアリテラシー教育だからです。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | 【社交格差】〈感情の劣化〉ゆえに〈見えないコミュニティ〉に所属できない者は、インターネットの劣化空間に類するものしか知らない。
すると主観的な社会イメージが劣悪になるから、自らの営みも荒みがちで、〈感情の劣化〉が加速する。これは悪循環だからどんどん昂進する。
- 【天皇】2014年以降の陛下の御発言の分厚さを見ると、日本の政治が、そして社会が向かおうとする方向を、非常に強く憂いておられる事実が、拝察できます。
- 【民度憂国】愛国教育のようなもの、道徳教育のようなものをやると何が起こるのか。「僕こそが愛国者です」と損得勘定で愛国ブリッコをする「浅ましい輩(やから)」「さもしい輩」が増える。
- 【メディア】出版社の編集者や番組のプロデューサーは、ネトウヨ言説に怯えちゃダメです。アメリカでは「ラウド・マイノリティ」と言うけど、「声だけデカイ少数者に怯えるな」という話です。
- 【創られた伝統】伝統的であろうとしなければ伝統的でありえない時点で伝統が空洞化している。日本人であろうとしなければ日本的でありえない時点で日本性は空洞化しています。
- 【民度憂国】「メディアが流さなかったものを、学校で流していい訳ないだろう」ですって?ありえません。メディアが流さなかったことの是非を、評価する能力を養うのが、メディアリテラシー教育だからです。 | - 拡がる〈感情の劣化〉は既に一部で意識されるようになり、個別には対処も進んでいる。最もよく知られるのが2010年から拡がった初期利用者層のフェイスブック離れだ。
- 【「風の谷」戦略】共通するのが、インターネットを劣化空間と見倣して切り離すことでコミュニティを保全する構えだ。これらは謂わば「社会を荒野と見倣して共同体存続を図る試み」だ。
- 共同体をインターネットから見えなくする〈見えないコミュニティ化〉は選別&排除のシステムで、しかも排除されている当事者には排除されている事実が分からない。
- 女性は一般的に「異性の視線に敏感だ」と言われます。でも、ちゃんと見ると、実際は「男の視線に対する自分の反応を、他の女が見たらどう思うか」を気にしているんです。
- 「日本の伝統」という言い方がよくありません。「この地域の伝統」と言うならいい。「日本の」と言うと日本全体にそうしたような伝統があるかのように聞こえてしまう。
- 刑法学とか民法学とかだと、法実務の世界があるでしょ?でも、憲法学にはないということで、日本では「机上の空論にいそしむ人たち」というイメージがあり、陽が当たらないのです。まさに法文化の貧困です。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 拡がる〈感情の劣化〉は既に一部で意識されるようになり、個別には対処も進んでいる。最もよく知られるのが2010年から拡がった初期利用者層のフェイスブック離れだ。
- 【「風の谷」戦略】共通するのが、インターネットを劣化空間と見倣して切り離すことでコミュニティを保全する構えだ。これらは謂わば「社会を荒野と見倣して共同体存続を図る試み」だ。
- 共同体をインターネットから見えなくする〈見えないコミュニティ化〉は選別&排除のシステムで、しかも排除されている当事者には排除されている事実が分からない。
- 女性は一般的に「異性の視線に敏感だ」と言われます。でも、ちゃんと見ると、実際は「男の視線に対する自分の反応を、他の女が見たらどう思うか」を気にしているんです。
- 「日本の伝統」という言い方がよくありません。「この地域の伝統」と言うならいい。「日本の」と言うと日本全体にそうしたような伝統があるかのように聞こえてしまう。
- 刑法学とか民法学とかだと、法実務の世界があるでしょ?でも、憲法学にはないということで、日本では「机上の空論にいそしむ人たち」というイメージがあり、陽が当たらないのです。まさに法文化の貧困です。 | - 戦後憲法は押しつけだという〈クソ保守〉と、民主主義は米国がくれたという〈クソ左翼〉は、表裏一体の「戦後レジーム」です。
- 【シュライエルマッハー】なぜ悪はあるのか。左(主知主義)は、全知全能である神の計画だと理解する。右(主意主義)は、神は全知全能なのだから、人知を超えて端的にソレ(悪)を意志すると理解する。
- 公共交通機関でベビーカーを利用する女性を蔑む輩や、子育て夫婦なんかに俺の税金を使うなとホザく非モテ独身男が、珍しくない。いやはや本当に国辱もの。
- 「女は男に近づけ」と「男は女に近づけ」を同時に言え。日本では相変わらず、女性に対して「仕事をしてもいいよ、だけど家事もね」というのがすごく多いんですよ。
- 総理大臣の質だけでなく、日本の教員の質も考えましょう。そうすれば、道徳で成績をつけることを制度化するという施策が、「一番病」「優等生病」のインチキ愛国者を量産する結果を反復してしまうだろうことは、もはや明白すぎるはずです。
- 修身斉家治国平天下ではないが〈感情の劣化〉を被った者はまず国家に飛びつくという特性を示す。そうした輩こそが国家を滅ぼす。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『これからの学校教育を語ろうじゃないか』 | - 日本の教育は、基本的に失敗しています。先進国のなかで、産業構造改革にも、財政構造改革にも失敗しているのは、日本だけです。
- 僕たちが「熟議」とか「コミュニケーション」という言葉を使っても意味がありません。なぜなら、民主主義の概念を勘違いしているのに、それを正していないからです。
- 90年代に裏世界と警察の交流が途絶し、アンダーグラウンドの状況が全くわからなくなってしまった。そこで何もかもつぶすしかないという状態に追い込まれた。これが暴力団排除条例です。
- 貧困はどこの国でも共同体の問題として理解されます。ところが日本では貧困が個人の問題だと理解され、「俺のほうが困っているのに、なんでアイツがもらうんだ」と浅ましく騒ぎ立てる。
こういう社会では国が何をしても幸福度は上がりません。これは教育の失敗です。
- 身体性を失った人たちが頭なし胴体とか胴体なし頭みたいになって、まったく社会の成り立ちがわからない状態でクレージー・クレーマーになっている。
- 勉強していると、「僕は以前こういうことを言っていたけれど、やっぱり違った」となる。いつも同じことを言っているのは、自明性の中に埋没して頭を使っていないということでしょう。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学』 | - 私の理論的出発点は社会システム理論だから、元々は理性に照準してきた。人々の人格に帰属される事物に多大な負担をかける代わりに、ソーシャル・デザインと、それを担う理性的エリートに期待するということだ。
- 〈世界〉は「本来なら別様であり得たのにこれでしかない」という風に現れる。〈世界〉は「別様であり得た可能性」と共にあり、我々はいつもそこから疎外される。
- 「感情への設計」というパターナリズムが「本来の感情的あり方」なる本来性を召還するのであれば、不安や不全感をニセの本来性で埋め合わせる全体主義の営みとして、徹底批判する。
- ヒトは、世界を音楽的ストリームとして体験しながら、概念言語を機能させている。曲に歌詞が乗っていれば、ソレが冗談なのか真剣なのかが曲想で分かる。或いは、映画音楽次第で台詞の意味が変わってくる。
- 【バタイユ】原初的社会では例外なく「呪われた部分」を定期的に再認識させる装置を作動させる。それが、マクロには祝祭であり、ミクロには性愛である。
- 【歴史的経緯】「手打ち」とは、互いを滅ぼさないための相互拘束の約束である。悲劇を記憶するから、敢えて「そういう話にしておく」と相互拘束するのであって、記憶がなければ約束は無内容だ。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『中澤系歌集 uta0001.txt』 寄稿「「告知される『蝕の時代」の始まりと、『遠き未来』の新生」 | - ワークショップなどで数多くの男たちを観察してきた経験から言うと、街頭ナンパは長くても五年で飽きる。中澤系の表現で言えば「類的な存在」であることに倦むのである。
- 中澤系『uta 0001.txt』の目次に目を通した途端、一瞬眩暈がした。恐るおそる時系列で読み始めると、記憶の怒涛が引き金を引かれ、しばし時間感覚を失う変性意識状態に陥った。
- 僕にとって97年から01年までは個人的にも「蝕」だった。街から微熱感が消えた「蝕の時代の始まり」と、個人的な「蝕」が重なっていた。
- 僕がフィールドワーカーに転じて街の女子高生に声かけし、援交する子を見つけて話を聞いていた90年代前半。街には微熱感があって、女子高生だけでなく、誰もが熱に浮かされていた。こうした微熱感は70年代後半のタケノコ族の頃から20年弱続いた。
- 97年から街を急に覆い始めた抑鬱感が、10年ほどの間に隙間なく全域化した。同じく、過剰なものを「イタイ」と名指して縮まり合う作法が、若い人の間で全体化した。僅かに残ったアジールはネットでは探し出せないように〈見えない化〉した。
- 僕は、個々の女や男のオーラを読むというより、街のオーラを読んでいたのかもしれない。そんなゲームを三十年続けてきた。本を読むのと同じで、街を読むのは、たとえヒリヒリしても、興味が尽きない。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『これが沖縄の生きる道』 第4章 国境に生きる人々の知恵 | - ぼくが「格差と貧困が増大した」という言い方よりも「中間層が分解し共同体が空洞化した」という言い方を好むのは、非貧困層であっても〈感情の劣化〉を被るメカニズムに言及できるからです。
- 一部の調査では、安倍支持層の若い世代は、他の若い世代に比べて、所得は高いが独身者が多く、独身者の中でもパートナーがいない割合が多いという結果、が出ています。
- ネトウヨをはじめとする都市的保守は歴史的経緯を知らないし、たとえ知ったとしてもどうでもいいと思っているでしょう。この種の問題をぼくは「河野太郎と河野洋平の区別つかない問題」と呼びます(笑)。
- 国立社会保障・人口問題研究所の人口予測では2030年に1億1662万人に減り、2060年には8674万人に。凄まじい人口減ゆえに、商店街が経済的に沈滞する大きな趨勢は多くの場所で変えられない。
- 互いに見知らぬ個別地権者の恣意に任せれば、各人が自己利益を優先するから、意見集約が難しくなります。すると短期的な利益が見通しやすくて合意しやすいショッピングモールができることになります。
- 重要なのは、商店街の全体性を考えながら計画を立てることです。その際「一見活発な商店街に見えて、大半がチェーン系」みたいになっても仕方ありません。そこには地域住民にとっての街がないからです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『21世紀のマダム・エドワルダ バタイユの現代性をめぐる6つの対話』 | - SNSに代表される〈脳内ダダ漏れ〉のせいで情報非対称性が崩れ、どんなに立派に見える者も〈実際はしょぼい〉という予期が一般化した。
- テクノロジーによる主体解体がもたらすのは〈全体性への統合〉でなく〈混沌による解放〉です。このビジョンはクローネンバーグが映画化したJ.G.バラード『クラッシュ』に描かれます。
- ソクラテスは世界を混沌だと捉えます。社会の秩序は混沌に浮かぶ奇蹟の島。ここには〈全体性への統合〉か〈混沌による解放〉かという二項図式が見られます。
- 〈統合〉派がシンフォ系プログレで、ピンクフロイドやイエスや初期クリムゾンが典型です。〈混沌〉派は爆音ギター系プログレで、1974年解散以前の後期クリムゾンが典型です。
- 不可視の本来性を追求する営みは、往々にして「これが不可視の本来性」というクリシェに嵌まります。
- テクノロジーが発達すると人格的統合概念が意味をなくし、社会成員がコンピュータでも犬でも人でも構わなくなるし、人の頭と手に別の主体性があっても構わなくなる。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『原発 決めるのは誰か』 | - 専門家は安全性を議論できる。僕たちはどのような社会がいいのかについて考えたい。そのことについて専門家は回答を与えてはくれない。ではどうするのか。自分たちで引き受けて考える必要がある。
専門性を引き受けるということではなくて、価値を引き受けるということです。
- 福島大学の学生達を取材すると、教員も学生も原発や放射能汚染の話は事故当初からほとんどしないそうです。地元の人達が大勢、原発や電力会社に関わっていて、知人の誰が関わっているか分からないからです。
「人間関係を破壊する問題については話せない」とはっきり言うんですね。これこそが、「ムラ」の論理です。
- 若い人たちは、価値を持つことで人間関係上の適応ができなくなることを恐れています。だから、価値なんか持たずに周りに合わせていればいいと思っているのです。
- 原子力ムラから外に出たときに、生きていけるような居場所があるだろうか。日本の場合、多くの人が「ない」と確信してしまうのですね。だからこそ、ムラの人びとは、ムラに必死にしがみつくしかないわけです。
- 日本の場合、原力ムラと反原子力ムラという内集団同士が、敵と味方に分かれて闘います。それぞれに揺るぎない「正しい答え」をもっていますから、合理性(リーズニング)が問われるよりも、どっちが勝つかだけが問題とされるのです。これが、日本社会の圧倒的な貧しさですね。
- 野次や吊し上げが典型ですが、糾弾モードの振る舞いが、市民運動側に蔓延していないでしょうか。そうしたことをやはり問いたいのです。相手方との合意に至ろうとか、知らなかった何かに気づこうという構えが、ほとんど見られないのは問題ではないか、ということです。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 日本の教育は、基本的に失敗しています。先進国のなかで、産業構造改革にも、財政構造改革にも失敗しているのは、日本だけです。
- 僕たちが「熟議」とか「コミュニケーション」という言葉を使っても意味がありません。なぜなら、民主主義の概念を勘違いしているのに、それを正していないからです。
- 90年代に裏世界と警察の交流が途絶し、アンダーグラウンドの状況が全くわからなくなってしまった。そこで何もかもつぶすしかないという状態に追い込まれた。これが暴力団排除条例です。
- 貧困はどこの国でも共同体の問題として理解されます。ところが日本では貧困が個人の問題だと理解され、「俺のほうが困っているのに、なんでアイツがもらうんだ」と浅ましく騒ぎ立てる。
こういう社会では国が何をしても幸福度は上がりません。これは教育の失敗です。
- 身体性を失った人たちが頭なし胴体とか胴体なし頭みたいになって、まったく社会の成り立ちがわからない状態でクレージー・クレーマーになっている。
- 勉強していると、「僕は以前こういうことを言っていたけれど、やっぱり違った」となる。いつも同じことを言っているのは、自明性の中に埋没して頭を使っていないということでしょう。 | - 「人材育成の失敗」。これがキーワードだと思います。今後もこの失敗から回復する見込みはないんじゃないでしょうか。
- 日本は「経済的に困っている人を助けてはいけない」と答える人が世界のどの国よりもダントツで多いんです。アメリカよりも多いんですね。
- 教育には、「当の個人が幸せになるという観点」でなされる議論と、「社会にとって前途有望な人材を、選別と動機づけによって調達するという観点」でなされる議論があります。
- 日本では、「専門家が決定する」と称して、実際はその専門家を選んだ官僚が決定している。
- ヨーロッパやアメリカでは、人々のニーズに応じて町づくりをしたら、でたらめな町になるということは自明なんです。
- 日本人ならたいていの人がある自明性の上に載っています。「この社会が今後も続く」という前提で、十年後とか言っているでしょう。どうでしょうねえ。十年以内に日本はおそらく… |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2015年 『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』 佐々木心音との対談パート | - 僕も、いわき市に住む弟が震災から連絡が取れず、弟の目にとまるように原発関連のツイートを大量に発信して、脱原発の活動家みたいになりましたが、当初の僕は弟の安否が気がかりで、誰かが弟の安否情報を教えてくれるんじゃないかという思いでした。
- 僕なりにアドバイスすると、色気を学ぶのに有効なのは、古い映画を観ること。今の子たちは、グラビアアイドルにしても女優にしても、エロくありません。1990年代半ばくらいまでは、間違いなく今よりもずっとエロかった。
- 〈ここではないどこか〉へと誘う力。神秘性と言ってもいい。「神秘=よくわからないもの」だからです。「私はよくわからないものへと開かれている」という感受性を持つ人にしか、本当の色気は表現できないんです。
- 日本の売春は、1958年の売春防止法施行の後に犯罪になりましたが、江戸時代から第二次大戦の敗戦までは公娼制度がありました。敗戦後は公娼制度がなくなりましたが、占領軍の要求もあって、売春がずっと合法でした。
- 日本だけでなく、ヨーロッパにも「聖なる娼婦」の観念があります。つまり子宮回帰願望を投影された母親的存在。「この世はかりそめの場所だから、元いた場所へ帰りたい」という発想を神秘主義と言いますが、まさに神秘主義の典型です。
子宮に還(かえ)る、母親に還る、海に還る、大宇宙に還る。自分が世界から分け隔てられる前の、温かくて大きなもののなかに溶け込んでいた頃に、還る。
- 「脱ぐ脱がない」なんて女優にとっては本当にどうでもいいことで、映画には脱がないと成立しないシーンがあるから脱ぐというだけのことです。
映画で「聖なる娼婦」を演じる女優が、脱がないなんでありえません。なぜなら、剥き出しの体からオーラが出るからです。「脱ぐとイメージが壊れる」というクズ女優もいますが、脱ぐことで壊れるイメージなど初めから壊れています。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2014年 『これが沖縄の生きる道』 第3章 〈恨みベース〉から〈希望ベース〉の未来構想へ | - 「豊かになりたい」という願望の実現と、「依存せずに自立したい」という願望の実現:畢寛「豊かであり続けたい」という願望の実現:は両立しない。そこから目を背けない〈感情の能力〉が必要です。
- 目を背けたくなることから目を背けずにいられるのは感情の使用法に関わる能力です。それに支えられてはじめて、視野の中に、理性を働かせる対象や、意志すべき目標が出現する。
- 色街つぶしは〈新住民化〉が背景です。〈新住民化〉と言う場合、地元に根付いていない旧住民じゃない人が増えることと、親が旧住民でも地元の来歴を知らない人が増えることの、両方を指します。
- 「見たいものだけを見て現実だと思い、見たくないものを見ないで忘却する」のは、人の世の摂理なのです。しかし、こうした忘却に委ねると世が滅びます。
- 家族生活の多様化は、機会を拡げて人を自由にする面では、よきことです。しかし、それによって家族の共通前提:共通感覚や共同身体性:が失われるのは、よくない。強いられた理不尽な同居に堕するからです。
- いまの内地は〈クソ社会〉以外の何ものでもありません。内地のような〈クソ社会〉を目指すことが、沖縄が生きる道であるはずがありません。絶対に。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』 | - かつてネットは誰もがつながれる空間を与えてくれるとの幻想がありました。どんなマイノリティもネット空間のどこかに仲間を見つけ出せるのは良いことだと。
でも実際には「どんな馬鹿も、ネットのどこかに似た馬鹿を見つけ出し、誰にも諌められず、超伝導回路を巡る電流のように永久に愚昧な遣り取りを続ける」という、かつてない事態を蔓延させました。
- 〈劣化空間〉となったインターネットは「馬鹿にとっては逃避先」ですが、「馬鹿でない人々にとっては真っ先にそこから逃げ出したい場所」です。
- ネット上では、見識の深い作家や批評家の発言と、劣化した人々の発言とが、劣化したギャラリーが大量に存在するために、等価になります。
恐るべきことに、識者の発言と「ウヨ豚」のそれが、対等に扱われるのす。そうした性質を持つコミュニケーション空間では、見識の深い作家や批評家から順番に退却していく道理です。
- たとえ国境を超えても結局は同じ穴のムジナと戯れるタコ壺に過ぎない。即ち「見たいものだけ見て、見たくないものは見ない」という、さもしく浅ましき営みに帰結しがちなのです。
- ネットは〈ここではないどこか〉に開かれた非日常へのツールではなく、コミュニケーション能力や教養に困難を抱えた人たちを〈ここ〉へと開く日常へのツールなのです。
- 僕がどんなに努力しても、「できる奴が、できる自慢をしているだけじゃん」と言われて終わってしまいがちなのです。
それを克服するには、対面のコミュニケーションで〈変性意識状態〉を呼び出し、ミメーシス(感染的模倣)をもたらすことが必要です。だからこそ対面でのワークショップを続けてきた訳です。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』 | - 世代の流れでいえば、僕や大澤真幸さんは遅れているんだよね。僕が博士論文『権力の予期理論』を89年に出版したときに、「今ごろこんなものが出てくるのか」と年長世代の多くは驚いていた。
- 70年代までは、政治学でも法学でも経済学でも、アカデミズムの最先端にいる人間が論壇誌に寄稿をしていてクオリティが非常に高かった。しかし80年代に入るとものすごい勢いで質が落ちる。
- アメリカの社会学者、ロバート・キング・マートンが、ソーシャル・リサーチの目的について明確な規定をしています。まず、みんなが知っていることを確かめに行くのは、最悪のリサーチだと。
- 若い学生の学ぶスピードが落ちてきたのは、先輩から後輩へという伝承線が切れてしまったからです。何をどういうふうに学ぶのが妥当なのかという物差しが継承されていない。
- 僕はよく言うんだけど、「ふり」でいいんです。ふりができるぐらいの付け焼き刃をセットアップする。それを一生懸命やっているうちに、気がつくと、ちゃんと分厚くなるから。
- 昔の学生といまの学生だと、学びのスピードが違うんです。昔の学生が一日でやったことを、いまの学生は一週間かけてやる。スピードがすごく遅いんです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2017年 『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』 | - 【アダルトチルドレン】親の前で「良い子」を演じ続けた結果、無条件の承認経験が乏しく、自己と世界への基礎的信頼を獲得しないで育ち、大人になっても承認を求めて右往左往する存在のこと。
- 「親にコントロールされてきた」との感覚を抱く人が増えたのは、地域や家族の空洞化で、母親が子を抱え込むからでしょう。母親による抱え込みを緩和するような介入がなくなったのです。
- 日本の女は、お金のために結婚しがちで、お金に余裕があれば結婚しない。これに対応して、男は、お金の余裕がないと結婚してもらえないので、お金の余裕があれば結婚する。
- 「家族のロマン」の社会的空洞化が、結婚したいという内発性を弱めます。すると相対的に金銭的な損得が結婚の条件になり、結婚できない男女が増えるだけでなく、結婚できても愛が薄い家族になります。
- お金のために結婚しがちな日本の両親のもとに生まれた子は、親から「正しさ」よりも「損得勘定」のメッセージを受け取るゆえに親を尊敬できず、損得主導の家族ゆえに幸せ感が乏しい。
- 両親とも安倍内閣を支持すると答える学生と、両親とも安倍内閣を支持しないと答える学生は、明らかにオーラが違います。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 【アダルトチルドレン】親の前で「良い子」を演じ続けた結果、無条件の承認経験が乏しく、自己と世界への基礎的信頼を獲得しないで育ち、大人になっても承認を求めて右往左往する存在のこと。
- 「親にコントロールされてきた」との感覚を抱く人が増えたのは、地域や家族の空洞化で、母親が子を抱え込むからでしょう。母親による抱え込みを緩和するような介入がなくなったのです。
- 日本の女は、お金のために結婚しがちで、お金に余裕があれば結婚しない。これに対応して、男は、お金の余裕がないと結婚してもらえないので、お金の余裕があれば結婚する。
- 「家族のロマン」の社会的空洞化が、結婚したいという内発性を弱めます。すると相対的に金銭的な損得が結婚の条件になり、結婚できない男女が増えるだけでなく、結婚できても愛が薄い家族になります。
- お金のために結婚しがちな日本の両親のもとに生まれた子は、親から「正しさ」よりも「損得勘定」のメッセージを受け取るゆえに親を尊敬できず、損得主導の家族ゆえに幸せ感が乏しい。
- 両親とも安倍内閣を支持すると答える学生と、両親とも安倍内閣を支持しないと答える学生は、明らかにオーラが違います。 | - 少女漫画の「24年組」は基本的に恋愛を描きません。自我の形成過程における不安を描くタイプの作品が多いので、そのぶん同じ問題を抱える思春期的な男にも人気があるわけですね。
- 読んでほしいのは「現実に恋愛に乗り出した私」にシフトした時代の少女漫画です。くらもちふさこの『海の天辺』と、くらもちふさこに大きな影響を受けた、紡木たくの『ホットロード』。
- 96年前後から突然メンヘラ女が増えて以降、メンヘラではない女の割合がとんどん減っています。男にアドバイスしたいのは、メンヘラではない女を見つけ出せということ。
- メンヘラが一人きりで繭に入るクセを身につけているのは自己防衛のためです。メンヘラは「自分が見たいように世界を見るための引金」を自分の中に持っています。
- 「恋愛工学」みたいに「押しボタンを適切な順番で押す」類のナンパはある。でもそれは「性交まで」の前半プロセスを可能にしても、「性交以降」の後半プロセスをむしろ不可能にします。
- 「産めよ増やせよ」的な思考をする連中のやることなすことが、性的退却による非婚化を通じて人口減を圧倒的な勢いで促進しているわけです(笑)。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 少女漫画の「24年組」は基本的に恋愛を描きません。自我の形成過程における不安を描くタイプの作品が多いので、そのぶん同じ問題を抱える思春期的な男にも人気があるわけですね。
- 読んでほしいのは「現実に恋愛に乗り出した私」にシフトした時代の少女漫画です。くらもちふさこの『海の天辺』と、くらもちふさこに大きな影響を受けた、紡木たくの『ホットロード』。
- 96年前後から突然メンヘラ女が増えて以降、メンヘラではない女の割合がとんどん減っています。男にアドバイスしたいのは、メンヘラではない女を見つけ出せということ。
- メンヘラが一人きりで繭に入るクセを身につけているのは自己防衛のためです。メンヘラは「自分が見たいように世界を見るための引金」を自分の中に持っています。
- 「恋愛工学」みたいに「押しボタンを適切な順番で押す」類のナンパはある。でもそれは「性交まで」の前半プロセスを可能にしても、「性交以降」の後半プロセスをむしろ不可能にします。
- 「産めよ増やせよ」的な思考をする連中のやることなすことが、性的退却による非婚化を通じて人口減を圧倒的な勢いで促進しているわけです(笑)。 | - かつては「法外」の共通感覚を確かめて「仲間」を強めたのに、逆に神経症的に法にしがみつき、「法外」に出る人をめざとく見つけて一斉に叩き、「インチキ仲間」を捏造し始めます。
- 共通感覚を失えば、法を神経症的に遵守し、少しでも外れたら一斉糾弾という「総被害妄想化」が進みます。一般にはこれを「法化社会」化と呼びます。
- 一口で言えば〈妄想〉の共有を信頼しあえるのが「仲間」です。
- 国民共同体も家族も「仲間=損得を超えた内発性で結ばれた集団」でなければ成り立ちません。現に成り立たなくなりました。
- 社会が良くなれば人は幸せになるという考え方を「主知主義」、社会が良くなっても人は幸せにならないという考え方を「主意主義」と言います。
- 行政官僚ところか政治家や教育者にまで「正しさ人間」ならぬ「損得人間」が溢れ、「合法性を口実に目一杯のズルをしまくる」。安倍内閣の周辺を見れば、実に「美しい日本」でしょう。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - かつては「法外」の共通感覚を確かめて「仲間」を強めたのに、逆に神経症的に法にしがみつき、「法外」に出る人をめざとく見つけて一斉に叩き、「インチキ仲間」を捏造し始めます。
- 共通感覚を失えば、法を神経症的に遵守し、少しでも外れたら一斉糾弾という「総被害妄想化」が進みます。一般にはこれを「法化社会」化と呼びます。
- 一口で言えば〈妄想〉の共有を信頼しあえるのが「仲間」です。
- 国民共同体も家族も「仲間=損得を超えた内発性で結ばれた集団」でなければ成り立ちません。現に成り立たなくなりました。
- 社会が良くなれば人は幸せになるという考え方を「主知主義」、社会が良くなっても人は幸せにならないという考え方を「主意主義」と言います。
- 行政官僚ところか政治家や教育者にまで「正しさ人間」ならぬ「損得人間」が溢れ、「合法性を口実に目一杯のズルをしまくる」。安倍内閣の周辺を見れば、実に「美しい日本」でしょう。 | - 昨今の女は、自分が望むことを男に伝えず、男に合わせているだけ。過去にいろんなプレイ経験がある女も、彼氏どころかヤリ友にさえそれを伝えていない場合が多い。
- 一目惚れする男女は「顔がタイプだから」とか「声がタイプだから」とか言うよね。この科白をのたまう輩は間違いなくクズ(笑)。恋愛文学や恋愛映画の部厚さも知らない。
- 「まともな男」を見分ける条件を一つだけ挙げるならということで、「女が過去の恋愛体験や性体験を話したときに耳を塞いだり怒り出したりする男を排除せよ」と言い続けてきました。
- 最近ある女子高で「正しさに執る男と、損得に執る男、彼氏にしたいのはどちら?」と尋ねたら、一学年160名全員が「正しさに執る男」と答えました。当然です。
- 男はあんまりガンガンやることをやめたほうがよい。女の感じ方を知るためにも「女になってみる」のを勧めます。前立腺マッサージを入口にするといいですね。
- 昨今の若い人たちは性交に勤しむ人々を「リア充」と呼びます。何をホザくか。リアルというクソから逃避するべく性交するんだ。社会の外に出るためにこそ性交するんだよ。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 昨今の女は、自分が望むことを男に伝えず、男に合わせているだけ。過去にいろんなプレイ経験がある女も、彼氏どころかヤリ友にさえそれを伝えていない場合が多い。
- 一目惚れする男女は「顔がタイプだから」とか「声がタイプだから」とか言うよね。この科白をのたまう輩は間違いなくクズ(笑)。恋愛文学や恋愛映画の部厚さも知らない。
- 「まともな男」を見分ける条件を一つだけ挙げるならということで、「女が過去の恋愛体験や性体験を話したときに耳を塞いだり怒り出したりする男を排除せよ」と言い続けてきました。
- 最近ある女子高で「正しさに執る男と、損得に執る男、彼氏にしたいのはどちら?」と尋ねたら、一学年160名全員が「正しさに執る男」と答えました。当然です。
- 男はあんまりガンガンやることをやめたほうがよい。女の感じ方を知るためにも「女になってみる」のを勧めます。前立腺マッサージを入口にするといいですね。
- 昨今の若い人たちは性交に勤しむ人々を「リア充」と呼びます。何をホザくか。リアルというクソから逃避するべく性交するんだ。社会の外に出るためにこそ性交するんだよ。 | - 【E・フロム】元から下流だったんじゃなく、上流や中流から下流に転落した人ほと、ダメな自分に「気づきながらも受け容れられず」、劣等感を神経症的に埋め合わせるべく「権威に寄りすがる」。
- データを見ると、日本の親は正しさよりも利害損得に敏感なので尊敬されず、家族が楽しくなく、自尊感情が著しく低い傾向が分かります。
- 2016年公表の調査では、何を大事にするかという質問で、「家族と仲良くする」と「親に理解してもらう」を挙げる高校生の比率は、米中韓に比べて半分以下という惨状です。
- 千石保が設立した日本青少年研究所による調査:
「どんなことをしてでも親の世話をしたい」と答える高校生の割合は、中国88%、米国52%ですが、日本は38%。日本の親子は圧倒的に絆が薄いのです。
- 政治と性愛には共通性があります。合理性の枠内に収まらない過剰さです。つまりコストバフォーマンスやリスクマネジメントの観点からは擁護できない動機づけです。
- 見たいものだけを見て、見たくないものは見ない、「いいね!ボタン」を押しあうだけの関係は、「正しい」存在であろうとする動機づけがない以上、「仲間」とは言えません。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 【E・フロム】元から下流だったんじゃなく、上流や中流から下流に転落した人ほと、ダメな自分に「気づきながらも受け容れられず」、劣等感を神経症的に埋め合わせるべく「権威に寄りすがる」。
- データを見ると、日本の親は正しさよりも利害損得に敏感なので尊敬されず、家族が楽しくなく、自尊感情が著しく低い傾向が分かります。
- 2016年公表の調査では、何を大事にするかという質問で、「家族と仲良くする」と「親に理解してもらう」を挙げる高校生の比率は、米中韓に比べて半分以下という惨状です。
- 千石保が設立した日本青少年研究所による調査:
「どんなことをしてでも親の世話をしたい」と答える高校生の割合は、中国88%、米国52%ですが、日本は38%。日本の親子は圧倒的に絆が薄いのです。
- 政治と性愛には共通性があります。合理性の枠内に収まらない過剰さです。つまりコストバフォーマンスやリスクマネジメントの観点からは擁護できない動機づけです。
- 見たいものだけを見て、見たくないものは見ない、「いいね!ボタン」を押しあうだけの関係は、「正しい」存在であろうとする動機づけがない以上、「仲間」とは言えません。 | - 「両親は愛しあっている」にイエスと答える大学生とノーと答える大学生はほぼ半々でした。ところが、この半々ずつのグループでは、性愛に対する態度が異なります。
- ロマンチックとは只の男(女)を運命の男(女)と思い込む -- 内在に超越を見出す -- 営みです。
- 性愛一般が一対一であるべきだとする、モノガミー恋愛の規範化は、ヨーロッパでも19世紀半ば以降150年の歴史、日本では20世紀半ば以降50年の歴史しかない。
- フェチ系は互いにゾーニングで棲み分けるので、多様性の全体からはむしろ閉ざされます。
- 〈フェチ系〉は相手が入替可能な自動機械だから自慰の妄想と同じで「抜いたら終了」ですが、〈ダイヴ系〉は相手が入替不能な自らの一部だから「相手と一緒にいる限り持続する」。
- 2005年ごろまでは男女混成の飲み会で下ネタが普通に展開していたから、今はそれができなくなったぶん、男が女を理解する機会も、女が男を理解する機会もなくなりました。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 「両親は愛しあっている」にイエスと答える大学生とノーと答える大学生はほぼ半々でした。ところが、この半々ずつのグループでは、性愛に対する態度が異なります。
- ロマンチックとは只の男(女)を運命の男(女)と思い込む -- 内在に超越を見出す -- 営みです。
- 性愛一般が一対一であるべきだとする、モノガミー恋愛の規範化は、ヨーロッパでも19世紀半ば以降150年の歴史、日本では20世紀半ば以降50年の歴史しかない。
- フェチ系は互いにゾーニングで棲み分けるので、多様性の全体からはむしろ閉ざされます。
- 〈フェチ系〉は相手が入替可能な自動機械だから自慰の妄想と同じで「抜いたら終了」ですが、〈ダイヴ系〉は相手が入替不能な自らの一部だから「相手と一緒にいる限り持続する」。
- 2005年ごろまでは男女混成の飲み会で下ネタが普通に展開していたから、今はそれができなくなったぶん、男が女を理解する機会も、女が男を理解する機会もなくなりました。 | - 一部の経済指標は良くても、社会指標はボロボロ。日本の「三流国化」を示しています。僕の言葉では「経済回って社会回らず」。それも、「社会の穴を経済で埋める」状態から「社会を削って経済に盛る」状態に移りつつあります。
- 2014年3月18日号の「週刊プレイポーイ」が、「安倍晋三首相支持者は平均より高収入なのに、平均より妻やステディがいる率が低い」というデータを公表した。
- 日本では、多くの若い男女が性愛的な不幸を貧困のせいにしています。金があるのに性愛的に恵まれないと貧困のせいにできないので、情緒不安定なウヨ豚やクソリベになる(笑)。
- 自分はキモいと自覚する人は「ヒトラーはキモい」と誹謗されるほど「ヒトラーは自分の味方だ」と思うようになると言います。
- 「誰某は劣化している」と批判すると、「自分は劣化している」と思う人々が、その誰某に肩入れしこそすれ、劣化を批判する側には回らない。
- 安倍首相の人気を挫く目的で「安倍首相は無教養で反知性主義的だ」と批判しても、逆効果になりがちなのです。安倍ちゃんをショボイ奴だとクサすほと、「それは俺だ」と恩う人々が「ならば俺には安倍ちゃんしかいない」となります。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 一部の経済指標は良くても、社会指標はボロボロ。日本の「三流国化」を示しています。僕の言葉では「経済回って社会回らず」。それも、「社会の穴を経済で埋める」状態から「社会を削って経済に盛る」状態に移りつつあります。
- 2014年3月18日号の「週刊プレイポーイ」が、「安倍晋三首相支持者は平均より高収入なのに、平均より妻やステディがいる率が低い」というデータを公表した。
- 日本では、多くの若い男女が性愛的な不幸を貧困のせいにしています。金があるのに性愛的に恵まれないと貧困のせいにできないので、情緒不安定なウヨ豚やクソリベになる(笑)。
- 自分はキモいと自覚する人は「ヒトラーはキモい」と誹謗されるほど「ヒトラーは自分の味方だ」と思うようになると言います。
- 「誰某は劣化している」と批判すると、「自分は劣化している」と思う人々が、その誰某に肩入れしこそすれ、劣化を批判する側には回らない。
- 安倍首相の人気を挫く目的で「安倍首相は無教養で反知性主義的だ」と批判しても、逆効果になりがちなのです。安倍ちゃんをショボイ奴だとクサすほと、「それは俺だ」と恩う人々が「ならば俺には安倍ちゃんしかいない」となります。 | - 【自己補完計画】ナンパ講座は、「自分はダメ」という不全感を、元の原因とは別の「代わりの承認」によって埋め合わせたがる「碇シンジ的」な男だらけです。
- 【クソ男】普通の大人なら必要としない承認をかき集めようとして、他者を思いやる気持ちもないくせに他者から褒めてもらいたがる、自己中心的存在。思春期的課題を永久に引きずる「中二病」患者。
- 【クズ男】全能感をあきらめて「社会の中の小さな個人」であることを受容できず、不全感を埋める「代わりの承認」を求めて右往左往。そこでは女は、男の全能感を与える道具として〈物格化〉される。
- 【クズ男排除】女が過去の性体験を喋ったときに耳を塞ぐ男は「同感能力を欠く」ので除外せよ。「女のことを自分に似合いのアクセサリーとして見る男」も除外せよ。
- 【クズ男排除】「そろそろ母親に会わせたいと言う男」や「母親役をさせたがる男」は「母親の価値観を無自覚に内面化したマザコン」だから切り捨てよ。
- 【世代分析】性交の後に「君は素晴らしかった」と言う代わりに「僕はどうだった?」と尋ねるクソ男。今はそういう男が大半でしょうね。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2017年 『ウンコのおじさん 子育て指南書』 | - 社会を生きるのに必要な〈妄想〉がわからないと、他者と「現実」を共有できないから「フィクション」や「ファンタジー」も共有できなくなります。
- 他者と「ファンタジー」を共有できないと、政治や恋愛との関わり方もわからなくなります。政治も恋愛も、損得を超えるロマン(ファンタジー)だからです。
- 親が(子どもを丸ごとコントロールして)抱え込むと、親による承認が与えてくれるプライドの高さと、社会のなかで何者であったこともないという自信のなさが、乖離します。
- 「自分は自分」になるためには「絆(きずな)で結ばれた、変わらない仲間」が必要です。昨今は「絆のない、変わりやすい疑似仲間」だらけ。だから永久に右往左往します。
- 決まりのなかだけで「いい子」として生きる者には、本当の仲間が永久につくれない。「法外のシンクロで仲間がわかること」から見放された人たちが不安で右往左往する。
- みなさんが自分と同程度の子を育てたらオシマイです。自分よりもマトモな子を育てなきゃいけない。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 社会を生きるのに必要な〈妄想〉がわからないと、他者と「現実」を共有できないから「フィクション」や「ファンタジー」も共有できなくなります。
- 他者と「ファンタジー」を共有できないと、政治や恋愛との関わり方もわからなくなります。政治も恋愛も、損得を超えるロマン(ファンタジー)だからです。
- 親が(子どもを丸ごとコントロールして)抱え込むと、親による承認が与えてくれるプライドの高さと、社会のなかで何者であったこともないという自信のなさが、乖離します。
- 「自分は自分」になるためには「絆(きずな)で結ばれた、変わらない仲間」が必要です。昨今は「絆のない、変わりやすい疑似仲間」だらけ。だから永久に右往左往します。
- 決まりのなかだけで「いい子」として生きる者には、本当の仲間が永久につくれない。「法外のシンクロで仲間がわかること」から見放された人たちが不安で右往左往する。
- みなさんが自分と同程度の子を育てたらオシマイです。自分よりもマトモな子を育てなきゃいけない。 | - 日本の中学生は、いま7割に反抗期がありません。反抗期は、近代社会に残った唯一の通過儀礼らしきものでしたが、それが消えつつあります。
- 親の承認が欲しくて自分を抑圧する(=親にコントロールされる)のと同じで、疑似仲間の承認が欲しくて自分を押し殺す(=場にコントロールされる)。
- 日本はもともと養子縁組が多く、三代遡ると出自がわからなくなって当たり前でした。なのに、昨今、血縁への「神経症的」なこだわりが目立つようになりました。
- 日本など先進国が過去20年余りのグローバル化のなかで経験してきたのは、仲間の消滅です。誰が仲間かわからず、法に神経症的に固着する人も出てきました。
- 「法が破るためにある」と言えるのはなぜか。破ることで「誰が仲間なのか」がわかるからです。僕は「法外のシンクロで仲間がわかる」と言います。
- 法に過剰適応した人は、自動機械みたいにコントロールされます。母の肯定に過剰適応した人が、自動機械のようにコントロールされるのと、同じです。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 日本の中学生は、いま7割に反抗期がありません。反抗期は、近代社会に残った唯一の通過儀礼らしきものでしたが、それが消えつつあります。
- 親の承認が欲しくて自分を抑圧する(=親にコントロールされる)のと同じで、疑似仲間の承認が欲しくて自分を押し殺す(=場にコントロールされる)。
- 日本はもともと養子縁組が多く、三代遡ると出自がわからなくなって当たり前でした。なのに、昨今、血縁への「神経症的」なこだわりが目立つようになりました。
- 日本など先進国が過去20年余りのグローバル化のなかで経験してきたのは、仲間の消滅です。誰が仲間かわからず、法に神経症的に固着する人も出てきました。
- 「法が破るためにある」と言えるのはなぜか。破ることで「誰が仲間なのか」がわかるからです。僕は「法外のシンクロで仲間がわかる」と言います。
- 法に過剰適応した人は、自動機械みたいにコントロールされます。母の肯定に過剰適応した人が、自動機械のようにコントロールされるのと、同じです。 | - 「劣化した大人が、劣化していない子どもを育てる」必要がある。さもないと、損得だけのクズが量産され、社会がさらにクソになる。
- 世界中を見渡せばわかるように、当面は社会全体の劣化を避けられません。社会は荒野になります。だからこそ「社会という荒野」を生き延びる戦略が必要です。
- 社会は、計算可能性という意味での合理性だけでは回らない。「民のために命を賭ける過剰さ」がないと真の政治はありえない。「恋人のために命をかける過剰さ」がないと真の恋愛もありえない。
- 政治に必要な「損得よりも正しさ」や、恋愛に必要な「カオよりも愛」が、枯渇して、損得に拘泥する浅ましい生き方が蔓延し、いまや政治が支える国と、恋愛に始まる家族の、持続すら怪しくなった。
- 今の社会は「正しさ(真理や正義)」への動機づけが枯渇し、専ら「損得」のために知識が使われる。失敗はそこだ。「もっと効率的に専門的な知識を」という要求はあまりに愚昧で、気を失いそうになる。
- 社会のクソぶりに引っ張られて自分もクズになっちゃオシマイです。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2017年 『プレジデント 2017年5月1日号 30代の心がけ』 | - 私は「1986年分水嶺説」を唱えている。今年31歳になる「86年生まれ」と、それ以下の「86年以降生まれ」には、実は大きな違いがある。
- 「86年以前世代」は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件、援助交際ブームなどを経験しており、「社会は5〜7年ごとにガラリと変わる」という感覚を持つ。
- 私の定点観測でも、男子学生は05年頃から、女子学生は10年頃から飲み会でシモネタを避けるようになった。
- 【「30代の心がけ」3カ条】
①「仲間はずれ」を恐れてはいけない。主体的な行動をとって、「他人の目線」から自由になれ。
②他者に対して想像力を慟かせろ。「指示待ち人間」を脱して、みずから問題提起をしろ。
③必要なことはまるごと「暗記」しろ。暗記しておくことで、はじめて思考する余裕ができる。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2017年 『反グローバリゼーションとポピュリズム 「トランプ化」する世界』 | - 政治家の発言が多くの場合そうなのですが、自分がどう思うかというよりも、それを発言したことで自分がどう思われるかを気にしているからこそ、世間的な常識よりもモラル的に厳格な政治的発言が量産されがちになるという面があります。
- 栄養のある丸薬を支給してポケモンGOをやらせておけば、高価な食事で幸せになるための再配分などいらないではないか。テクノロジストたちはそう考える。
- 社会学者の見田宗介氏は、1996年に刊行された著書『現代社会の理論
情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波書店)の中で、情報化・消費化社会の果てに、つまり資本主義の新しいステージの果てに、大食らいのペットを飼うくらいだったらたまごっちを飼ったほうがマシという社会が到来することを予測しました。
- インターネットの普及によって情報の流れの縦割り化が進んだせいで、人々が「見たいものだけをもっぱら見る」「見たくないものは一切見ない」という環境になってしまいました。
その結果、理性的な討議に必要なプラットフォーム、具体的に言えばマスメディアが優位だった時代に存在した「誰もが同じ情報に接触できる環境」が消えることになりました。
- 民主政が機能するには、国民国家を構成する見ず知らずの人たちが、互いを「仲間」だと思えなければなりません。そのことは、グローバル化がここまで進んだ今日、すでに絶望的に困難です。
- 【支持率回復】ちなみに、絶望的に不人気だった当選直後のジョージ・W・ブッシュ大統領は、戦争という手段を採用しました。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 政治家の発言が多くの場合そうなのですが、自分がどう思うかというよりも、それを発言したことで自分がどう思われるかを気にしているからこそ、世間的な常識よりもモラル的に厳格な政治的発言が量産されがちになるという面があります。
- 栄養のある丸薬を支給してポケモンGOをやらせておけば、高価な食事で幸せになるための再配分などいらないではないか。テクノロジストたちはそう考える。
- 社会学者の見田宗介氏は、1996年に刊行された著書『現代社会の理論
情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波書店)の中で、情報化・消費化社会の果てに、つまり資本主義の新しいステージの果てに、大食らいのペットを飼うくらいだったらたまごっちを飼ったほうがマシという社会が到来することを予測しました。
- インターネットの普及によって情報の流れの縦割り化が進んだせいで、人々が「見たいものだけをもっぱら見る」「見たくないものは一切見ない」という環境になってしまいました。
その結果、理性的な討議に必要なプラットフォーム、具体的に言えばマスメディアが優位だった時代に存在した「誰もが同じ情報に接触できる環境」が消えることになりました。
- 民主政が機能するには、国民国家を構成する見ず知らずの人たちが、互いを「仲間」だと思えなければなりません。そのことは、グローバル化がここまで進んだ今日、すでに絶望的に困難です。
- 【支持率回復】ちなみに、絶望的に不人気だった当選直後のジョージ・W・ブッシュ大統領は、戦争という手段を採用しました。 | - 米国は150年前の南北戦争で、家族、親族、隣近所同士で銃を向けて戦った歴史があります。そこでは宗教が防波堤になってはくれませんでした。
- 反知性主義とは「イノセンティズム」のことです。言葉や知識よりも、信仰が与える閃きを大事にする、主意主義の構えです。
- 僕は特別養子縁組の普及をめぐるイベントに関わってきたけれど、言葉の自動機械よろしく権利を議論するリベラルの営みを、「正しさマウンティング」と呼びます。
- 差別を否定する人権的な言説に従って社会を営みながら、適用除外を与える別の原則を持ち出す言説を組織する、という二重基準こそが近代の差別だというのは、社会学者の江原由美子氏です。
- 映画の批評をやっていると、最近「寝取られる不安」が全世界に拡がっていると感じます。ある種の被害妄想の共有(に対する信頼)が背景にあるでしょう。
- 悲しいうたは人を悲しくさせますが、悲しいという言葉は人を悲しくさせません。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2016年 『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』 | - 私は、表現したいことを伝えるために映画を利用している。通常の映画批評から見れば、掟破りだろう。
- 救いがないことで救われるという作品系列があります。それはギリシャ悲劇的と呼ばれることが多く、ソフォクレス「オイディプス王」に形式の典型が見出せます。
- 通過犠礼は[ 離陸→混沌→着陸 ]の3段階を辿ることが知られています。離陸面と着陸面の相違が、成長による移行を意味します。
- 父親は子どもに呪いをかける存在だからこそ、子どもに何かを超えさせる存在になり得るのであり、父親は子どもに何かを超えさせる存在であり得るからこそ、子どもに呪いをかけてしまうのです。
- まともに見えるものは実はまともじゃないのです。ラカンが言うように、まともに見えるものに埋没している人間こそ病気です。
- 人々が何を面白いと感じるのかも、社会的な関数の産物です。秩序回復よりも、むしろ気付いたときにはすべて取り返しがつかず、そこから何が始まるのか少しもわからない…という物語を人々が望み始めています。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 私は、表現したいことを伝えるために映画を利用している。通常の映画批評から見れば、掟破りだろう。
- 救いがないことで救われるという作品系列があります。それはギリシャ悲劇的と呼ばれることが多く、ソフォクレス「オイディプス王」に形式の典型が見出せます。
- 通過犠礼は[ 離陸→混沌→着陸 ]の3段階を辿ることが知られています。離陸面と着陸面の相違が、成長による移行を意味します。
- 父親は子どもに呪いをかける存在だからこそ、子どもに何かを超えさせる存在になり得るのであり、父親は子どもに何かを超えさせる存在であり得るからこそ、子どもに呪いをかけてしまうのです。
- まともに見えるものは実はまともじゃないのです。ラカンが言うように、まともに見えるものに埋没している人間こそ病気です。
- 人々が何を面白いと感じるのかも、社会的な関数の産物です。秩序回復よりも、むしろ気付いたときにはすべて取り返しがつかず、そこから何が始まるのか少しもわからない…という物語を人々が望み始めています。 | - リベラル・ナショナリズムは、最初にどこで生まれたかで「人権」の座席に座れるか否かが決まり、本人に責任がない理由で「コイツは人間、ソイツは人間モドキ」と選別します。
- ヒトは〈感情の動物〉で、ヒト独自とされる愛も嫉妬も、インストールされた〈感情プログラム〉の帰結ですが、誰もが同じプログラムをインストールされていることの切なさ。
- 〈世界〉は確かにそうなっている、という納得をもたらす装置をアレゴリー(寓話)と呼びます。黒沢清作品は全て寓話です。
- 「秩序自体が、ありそうもない奇蹟だ」という発想は、ギリシャ的=叙事詩的です。反対に、「神の怒りで、無秩序になった」とする発想は、セム族的=一神教的です。
- 技術は、ヒトから、ヒトである必要を免除します。人間的なパーソンである必要も、人間的な社会である必要も、なくなります。
- 言語以前的な世界を忌避して言語にしがみつくと、親子関係も性愛関係も不安定ゆえに怖いものになるのです。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - リベラル・ナショナリズムは、最初にどこで生まれたかで「人権」の座席に座れるか否かが決まり、本人に責任がない理由で「コイツは人間、ソイツは人間モドキ」と選別します。
- ヒトは〈感情の動物〉で、ヒト独自とされる愛も嫉妬も、インストールされた〈感情プログラム〉の帰結ですが、誰もが同じプログラムをインストールされていることの切なさ。
- 〈世界〉は確かにそうなっている、という納得をもたらす装置をアレゴリー(寓話)と呼びます。黒沢清作品は全て寓話です。
- 「秩序自体が、ありそうもない奇蹟だ」という発想は、ギリシャ的=叙事詩的です。反対に、「神の怒りで、無秩序になった」とする発想は、セム族的=一神教的です。
- 技術は、ヒトから、ヒトである必要を免除します。人間的なパーソンである必要も、人間的な社会である必要も、なくなります。
- 言語以前的な世界を忌避して言語にしがみつくと、親子関係も性愛関係も不安定ゆえに怖いものになるのです。 | - 〈世界〉はそもそもデタラメだから、〈社会〉もデタラメなのであって、〈社会〉を秩序と見倣すこと自体が浅はかな思い込みである…ギリシャ悲劇はそうしたモチーフに彩られています。
- 「日常それ自体が、ありそうもない奇蹟だ」「無秩序の海に浮かぶ奇蹟のイカダのように、秩序がある」と捉える小説や映画の系列は、ギリシャ悲劇の伝統に連なっています。
- 通過儀礼とは共同体から別の共同体への移行儀礼で、混沌を経験する前と後とで離陸面と着陸面が異なることを利用します。自己啓発セミナーも同じ構造です。
- 先進国では信仰共同体の成員(信仰者)が不可逆的に減少、グローバル化による中間層分解でソーシャルキャピタルも減少、「仲間の非自明化」が加速します。
- 主権国家と資本主義と民主政のトリアーデが成り立つ時代にしか、見ず知らずの人々を国民という仲間だと見做す感受性を持続できません。
- 「これが現実」という体験は「現実の存在」を証しない。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 〈世界〉はそもそもデタラメだから、〈社会〉もデタラメなのであって、〈社会〉を秩序と見倣すこと自体が浅はかな思い込みである…ギリシャ悲劇はそうしたモチーフに彩られています。
- 「日常それ自体が、ありそうもない奇蹟だ」「無秩序の海に浮かぶ奇蹟のイカダのように、秩序がある」と捉える小説や映画の系列は、ギリシャ悲劇の伝統に連なっています。
- 通過儀礼とは共同体から別の共同体への移行儀礼で、混沌を経験する前と後とで離陸面と着陸面が異なることを利用します。自己啓発セミナーも同じ構造です。
- 先進国では信仰共同体の成員(信仰者)が不可逆的に減少、グローバル化による中間層分解でソーシャルキャピタルも減少、「仲間の非自明化」が加速します。
- 主権国家と資本主義と民主政のトリアーデが成り立つ時代にしか、見ず知らずの人々を国民という仲間だと見做す感受性を持続できません。
- 「これが現実」という体験は「現実の存在」を証しない。 | - 僕らは自由に言葉を使え、自由に体を動かし、自由にピントを合わせられる。でも、この自由は自動機械と同義だから、物事が厄介になる(笑)。
- 絆とは、助かりたいがゆえに追求する「手段」ではなく、何があっても助けるという「目的」です。言い換えれば、損得勘定の「自発性」を超えた、内から湧き上がる力の「内発性」です。
- 社会がダメになりつつあるからこそ、もともとのアテネのような小さいエリアで「言葉にならないもの」 — 共同体感覚 — を復権することが課題になっています。
- 家族映画ならずとも、映画の伝統ではしばしば共食シーンが「平穏な日常」「正常な秩序」を象徴するものとして使われます。
- 97年のアジア通貨危機を迎える頃迄には、グローバル化の副作用への共通認識を通じて「まともに見えるものがまともじゃない」ことは人口に膾炙(かいしゃ)しました。
- 「温かい共同体」を目差す筈の左翼が、排外主義の〈劣化左翼〉に堕する一方、言語的理路を過剰に信頼せず共通感覚醸成を目差す筈の保守が、血筋や人種に拘る排外主義の〈劣化右翼〉に堕する。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 僕らは自由に言葉を使え、自由に体を動かし、自由にピントを合わせられる。でも、この自由は自動機械と同義だから、物事が厄介になる(笑)。
- 絆とは、助かりたいがゆえに追求する「手段」ではなく、何があっても助けるという「目的」です。言い換えれば、損得勘定の「自発性」を超えた、内から湧き上がる力の「内発性」です。
- 社会がダメになりつつあるからこそ、もともとのアテネのような小さいエリアで「言葉にならないもの」 — 共同体感覚 — を復権することが課題になっています。
- 家族映画ならずとも、映画の伝統ではしばしば共食シーンが「平穏な日常」「正常な秩序」を象徴するものとして使われます。
- 97年のアジア通貨危機を迎える頃迄には、グローバル化の副作用への共通認識を通じて「まともに見えるものがまともじゃない」ことは人口に膾炙(かいしゃ)しました。
- 「温かい共同体」を目差す筈の左翼が、排外主義の〈劣化左翼〉に堕する一方、言語的理路を過剰に信頼せず共通感覚醸成を目差す筈の保守が、血筋や人種に拘る排外主義の〈劣化右翼〉に堕する。 | - 渋谷はかつてはエロス的なものがむき出しの色街でした。1973年にパルコ開店に合わせて公園通りができるまで、そこは区役所通りと呼ばれる風俗街でした。
- 乱交の「だるさ」は、男が射精後に隣人の性交を見た時に訪れますが、「賢者モード」とは少し違い、正確には「これは非日常ではなく、反復される日常なのだ」という気づきが与えるものです。
- チンパンジーは眼前でなされた性行為にだけ嫉妬します。ヒトは、言語的な不完全情報があるだけで、「不在のもの」に反応して、嫉妬で気が狂います。
- イギリス経験論はフランスを中心とする大陸合理論と対比されます。アプリオリ(経験に先立つもの)を認めず、アポステリオリ(経験を通じて獲得したもの)だけが信じられるとする立場です。
- プラトンが文字言語に専らの重きを置くようになったのは、統治において、文脈依存性や近接性をできるかぎり排除しなければならなくなったからです。
- 私は人が〈世界〉をどう体験しているか知りたくて堪らない。私の欲望は、転校だらけで6つの小学校に通った経験に一部由来しよう。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 渋谷はかつてはエロス的なものがむき出しの色街でした。1973年にパルコ開店に合わせて公園通りができるまで、そこは区役所通りと呼ばれる風俗街でした。
- 乱交の「だるさ」は、男が射精後に隣人の性交を見た時に訪れますが、「賢者モード」とは少し違い、正確には「これは非日常ではなく、反復される日常なのだ」という気づきが与えるものです。
- チンパンジーは眼前でなされた性行為にだけ嫉妬します。ヒトは、言語的な不完全情報があるだけで、「不在のもの」に反応して、嫉妬で気が狂います。
- イギリス経験論はフランスを中心とする大陸合理論と対比されます。アプリオリ(経験に先立つもの)を認めず、アポステリオリ(経験を通じて獲得したもの)だけが信じられるとする立場です。
- プラトンが文字言語に専らの重きを置くようになったのは、統治において、文脈依存性や近接性をできるかぎり排除しなければならなくなったからです。
- 私は人が〈世界〉をどう体験しているか知りたくて堪らない。私の欲望は、転校だらけで6つの小学校に通った経験に一部由来しよう。 | - 〈社会〉はコミュニケーションできるものの全体で、〈世界〉はありとあらゆる全体だ。
- 計算機科学の発展が[計算→言語処理→感情処理]という具合に手順化し易いものからし難いものへとシフトした結果最後の難関として感情処理が浮上している。
- 維新以降の日本思想は、いったん欧米的なロゴス(概念言語)中心主義を経由した視線で、情動中心主義的な日本を観察しました。
- 日本を擁護したいなら徹底的に欧米を理解してからにせよと鼓舞したのは岡倉天心。こういう戦略を「攘夷のための開国」と言います。
- 19世紀半ばに印刷術の発達によって恋愛小説が普及すると、病や死ならぬ結婚の決意を以て「真の心」を証(あかし)するものだと理解する -- 謂わば結婚によって「真の心」を買う -- 交換としての恋愛結婚=モノガミーが、欧米で一挙に人口に膾炙することになりました。
- 〈社会〉には秩序がありますが、通過儀礼を通じて〈社会〉の外に連れ出された者は、〈世界〉のデタラメさに身を開きます。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2017年 『プレジデント 2017年5月1日号 30代の心がけ』 | - 「86年以降世代」は「社会はこのままずっと続く」という感覚を持つ。彼らが思春期を迎える97年頃から、日本社会は「平成不況」が深刻化、以降の変化が乏しくなった。だから「どうせ何も変わらないのであれば、周りに合わせるしかない」という構えになりやすい。
- 大学生のSNSをみてみると、どれも似たような絵文字やスタンプの送り合いだ。彼氏や彼女を別人に入れ換えてもやりとりは成立するだろうし、入れ換えたことさえ気付かないだろう。
- 絵文字やスタンプを使った即時のやりとりは、「主体性」を抹消した「自動機械」を生む。個性はなく入れ替え可能だ。むしろコミュニケーションに遅れが生じると「意識」や「主体性」の働きを目ざとく見つけられて叩かれる。それを恐れるから「意識」を禁圧、「自動機械」に埋没したがる。その結果、昨今の若い世代は、文脈を分析して「他者に対して想像力を働かせる」ことができなくなった。
- 学問の基本は武道や演奏と同じだ。暗記で引き出しを増やさなければ思考しても意味がないという考え方を叩き込まれた。
- 確かに企業内には不合理にみえることが多数ある。だが企業人の初心者が逐一合理性の有無を問うても無駄。合理性を問う前に、先行世代のマナーやルールを自動機械のように振る舞えるくらい身につけたほうがいい。思考する価値のある問題に注力するのはそれからだ。
- 抽象度を上げた意識から見れば、「合理的なものが非合理で、非合理なものが合理的だ」という逆説はザラだ。若者が合理性を問うてきたら、そうした世の摂理を開陳すればいい。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2019年 『ニッポン終末風土論』 | - 法の誕生以降の人は、放っておけば法を自己目的化する「法の奴隷」になります。だから定住社会では例外なく、法が手段で、「仲間」が目的だ、と思い出させるべく祭りがなされました。
- 社会は加速度的に損得勘定化します。しかし成員全員が損得勘定化すれば社会は終わります。終わらせないためのウェーバーの処方箋が市民倫理と政治倫理の分離。
- 国民国家は帝国と違い、”国民は〈仲間〉だ”とするフラットな大単位です。誰でも分かるように、数千万人や数億人が〈仲間〉になるのは、短期の集合的沸騰を除けば無理です。
この無理を踏まえて国民国家を維持するには、〈仲間〉のために命を捨てる特異な人材=政治家が必要です。そんな人材を生み出すには「内発性の湧き出し口」という特異点が必要です。
- 祭りは、法内の定住的日常から、〈法外〉に出て遊動的身体を取り戻す営みです。だから、所有を認めないがゆえに差別される先住民(定住開始後も定住しなかった遊動民)が「聖なる存在」として召還されました。
- 郊外化が進んでシステムによる生活世界の置き換えが完成した昨今、「コスパが悪い」「リスクマネジメントができない」と、性愛から退却する若い人が増えました。これは劇的な変化ですが、それが生じたのは歴史的に最近です。
- 〈法外〉を忌避し、法内で「法の奴隷」「言葉の自動機械」として計算可能な営みに淫する損得人間のこと。僕は「クズ」と呼んできました。こうしたクズには、家族の運命に過剰にコミットすることも、共同体の運命に過剰にコミットすることも、できません。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 法の誕生以降の人は、放っておけば法を自己目的化する「法の奴隷」になります。だから定住社会では例外なく、法が手段で、「仲間」が目的だ、と思い出させるべく祭りがなされました。
- 社会は加速度的に損得勘定化します。しかし成員全員が損得勘定化すれば社会は終わります。終わらせないためのウェーバーの処方箋が市民倫理と政治倫理の分離。
- 国民国家は帝国と違い、”国民は〈仲間〉だ”とするフラットな大単位です。誰でも分かるように、数千万人や数億人が〈仲間〉になるのは、短期の集合的沸騰を除けば無理です。
この無理を踏まえて国民国家を維持するには、〈仲間〉のために命を捨てる特異な人材=政治家が必要です。そんな人材を生み出すには「内発性の湧き出し口」という特異点が必要です。
- 祭りは、法内の定住的日常から、〈法外〉に出て遊動的身体を取り戻す営みです。だから、所有を認めないがゆえに差別される先住民(定住開始後も定住しなかった遊動民)が「聖なる存在」として召還されました。
- 郊外化が進んでシステムによる生活世界の置き換えが完成した昨今、「コスパが悪い」「リスクマネジメントができない」と、性愛から退却する若い人が増えました。これは劇的な変化ですが、それが生じたのは歴史的に最近です。
- 〈法外〉を忌避し、法内で「法の奴隷」「言葉の自動機械」として計算可能な営みに淫する損得人間のこと。僕は「クズ」と呼んできました。こうしたクズには、家族の運命に過剰にコミットすることも、共同体の運命に過剰にコミットすることも、できません。 | - 「新しい歴史教科書をつくる会」ができた1997年から、「言葉の自動装置」と「炎上する遵法厨」が激増しました。
- クレージー・クレーマーはラウド・マイノリティー(声がデカイ少数者)。でもマイノリティーだと言えたのは最初だけで、90年代にはマジョリティー化して都会に拡がる。
- 一万年前に定住社会化して以降、法が手段で、「仲間」が目的であることを、思い出させるべく祝祭が機能してきた。
- 波照間や狩俣集落は近代社会から見たらシンギュラリティ(特異点)ですが、こうした特異点が失われる時こそ近代社会ひいては大規模定住社会が終わる時だろうと。
- 地方の大都市を含めて、全都市から祝祭感や微熱が消えました。郊外は既に全国的に冷えていましたから、都市が冷えたことで、日本全土が隙間なく冷えたことになります。
- 先日バリ島に行きました。バリ島も死んでいました。<混沌・眩暈>ならぬ<安心・安全・便利・快適>。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 「新しい歴史教科書をつくる会」ができた1997年から、「言葉の自動装置」と「炎上する遵法厨」が激増しました。
- クレージー・クレーマーはラウド・マイノリティー(声がデカイ少数者)。でもマイノリティーだと言えたのは最初だけで、90年代にはマジョリティー化して都会に拡がる。
- 一万年前に定住社会化して以降、法が手段で、「仲間」が目的であることを、思い出させるべく祝祭が機能してきた。
- 波照間や狩俣集落は近代社会から見たらシンギュラリティ(特異点)ですが、こうした特異点が失われる時こそ近代社会ひいては大規模定住社会が終わる時だろうと。
- 地方の大都市を含めて、全都市から祝祭感や微熱が消えました。郊外は既に全国的に冷えていましたから、都市が冷えたことで、日本全土が隙間なく冷えたことになります。
- 先日バリ島に行きました。バリ島も死んでいました。<混沌・眩暈>ならぬ<安心・安全・便利・快適>。 | - 法は一万年前の定住革命で「仲間」を守る手段として生まれます。その前には法はなく、「仲間意識」と「生存戦略」だけがあった。
- 法は自己目的化しやすい。それを避けるべく、定期的に法外に出る集合的営みをした。それが祝祭です。
- 「〈社会〉から〈世界〉へ」というのは僕からの「実存的推奨」です。でも現実は「〈世界〉から〈社会〉へ」と閉じ込められる方向で推移しました。
- 先進国で法化が進んで郊外や街が冷える動きと、途上国で法外の過剰やカオスが消える動き(新興国化の動き)が、90年代に平行して進んだ。僕はスーパーフラット化と呼びます。
- システムから見て僕らは入替可能になり、やがて「自分は入替可能」という自意識さえ拡がる。それがゼロ年代の「誰でもよかった」という類の無差別殺人の連発に繋がります。
- 〈安心・安全・便利・快適〉だけが空間の善し悪しを判断する物差しだと考える人だらけになり、彼らが政治的決定を主導するようになれば、社会は終わります。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 法は一万年前の定住革命で「仲間」を守る手段として生まれます。その前には法はなく、「仲間意識」と「生存戦略」だけがあった。
- 法は自己目的化しやすい。それを避けるべく、定期的に法外に出る集合的営みをした。それが祝祭です。
- 「〈社会〉から〈世界〉へ」というのは僕からの「実存的推奨」です。でも現実は「〈世界〉から〈社会〉へ」と閉じ込められる方向で推移しました。
- 先進国で法化が進んで郊外や街が冷える動きと、途上国で法外の過剰やカオスが消える動き(新興国化の動き)が、90年代に平行して進んだ。僕はスーパーフラット化と呼びます。
- システムから見て僕らは入替可能になり、やがて「自分は入替可能」という自意識さえ拡がる。それがゼロ年代の「誰でもよかった」という類の無差別殺人の連発に繋がります。
- 〈安心・安全・便利・快適〉だけが空間の善し悪しを判断する物差しだと考える人だらけになり、彼らが政治的決定を主導するようになれば、社会は終わります。 | - 日本だけでなく、どこの国でも、時期の早い晩い、速度の速い遅いはあれ、微熱に満ちた時空が失われた結果、「場所によって眩暈的な性愛を誘惑される体験」があり得ないものになってきています。
- 人びとが「法の奴隷」に陥らない装置として、まちに組みこまれていた共同身体性は、日本において、80年代に郊外から冷えはじめ、ついに90年代半ばには、「法外」へ誘う微熱感がまちから失われてしまった。
- 80年代後半は竹下内閣のふるさと創生の流れで各地で駅前再開発が行なわれていた。匂いのあるまちから匂いのないまちへと、風景が急速に変わりつつあった時代です。
- 法は言業を参照する営みなので、つい自己目的化しがちです。それを避けて、「仲間意識」を再活性化し、〈仲間意識〉を活性化するために、定住社会では必ず祭りをするようになりました。祭りは〈法外〉の再現です。
- 社会にとっての〈法外〉が祭りだとすると、とりわけ祭りが下火になって以降の人にとっての〈法外〉が性愛。性愛を法の中に閉じ込めるのは、原理的に不可能。だから、後背位や口交や同性愛を禁じる法は、長続きしたためしがなかった。
- 僕はしばしば若い世代の「法の奴隷化」「言葉の自動機械化」、総じて〈クズ化=コスパ野郎化〉を話題にしてきていますが、そもそもなぜ〈クズ化〉したのかを考えなければならないということです。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 日本だけでなく、どこの国でも、時期の早い晩い、速度の速い遅いはあれ、微熱に満ちた時空が失われた結果、「場所によって眩暈的な性愛を誘惑される体験」があり得ないものになってきています。
- 人びとが「法の奴隷」に陥らない装置として、まちに組みこまれていた共同身体性は、日本において、80年代に郊外から冷えはじめ、ついに90年代半ばには、「法外」へ誘う微熱感がまちから失われてしまった。
- 80年代後半は竹下内閣のふるさと創生の流れで各地で駅前再開発が行なわれていた。匂いのあるまちから匂いのないまちへと、風景が急速に変わりつつあった時代です。
- 法は言業を参照する営みなので、つい自己目的化しがちです。それを避けて、「仲間意識」を再活性化し、〈仲間意識〉を活性化するために、定住社会では必ず祭りをするようになりました。祭りは〈法外〉の再現です。
- 社会にとっての〈法外〉が祭りだとすると、とりわけ祭りが下火になって以降の人にとっての〈法外〉が性愛。性愛を法の中に閉じ込めるのは、原理的に不可能。だから、後背位や口交や同性愛を禁じる法は、長続きしたためしがなかった。
- 僕はしばしば若い世代の「法の奴隷化」「言葉の自動機械化」、総じて〈クズ化=コスパ野郎化〉を話題にしてきていますが、そもそもなぜ〈クズ化〉したのかを考えなければならないということです。 | - 80年代後半から90年代にかけてまちが一変し、地元的なコンテクスチュアリティー(文脈性)が脱落。完全に脱色・脱臭された、無味無臭の機能空間、つまり入れ替え可能な場所になったのです。
- 祭りでは、必ず旧遊動民つまり差別される先仕民が、メインプレーヤーとして招かれます。彼らは、一口でいえば〈法外〉の「眩暈(めまい)を持ち込む存在」です。
- 90年代に入ると、売買春化して、テレクラが荒れました。これも誤解されがちですが、テレクラが誕生した85年から、91年までは、売買春はほとんどなかったのです。
- 90年代に入り、テレクラの風化と入れ替わりに、僕の世代を中心としてスワッピングサークルのブームになります。多くの参加者たちがこれを祭りとして意識していて、最も多く見られる頻度は「年に2回」というものでした。
- 人の苦しみが自分の苦しみになるような同感の能力を持つ限りにおいて、市場は「神の見えざる手」を働かせます。これは「経済は人々の感情の働きを前提として初めてマトモに回る」という命題です。
- 安倍晋三首相やトランプ大統領のような存在は、問題の原因というよりも結果に過ぎません。真の原因は、人々の感情的劣化を加速させてきた因果のめぐりです。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | - 80年代後半から90年代にかけてまちが一変し、地元的なコンテクスチュアリティー(文脈性)が脱落。完全に脱色・脱臭された、無味無臭の機能空間、つまり入れ替え可能な場所になったのです。
- 祭りでは、必ず旧遊動民つまり差別される先仕民が、メインプレーヤーとして招かれます。彼らは、一口でいえば〈法外〉の「眩暈(めまい)を持ち込む存在」です。
- 90年代に入ると、売買春化して、テレクラが荒れました。これも誤解されがちですが、テレクラが誕生した85年から、91年までは、売買春はほとんどなかったのです。
- 90年代に入り、テレクラの風化と入れ替わりに、僕の世代を中心としてスワッピングサークルのブームになります。多くの参加者たちがこれを祭りとして意識していて、最も多く見られる頻度は「年に2回」というものでした。
- 人の苦しみが自分の苦しみになるような同感の能力を持つ限りにおいて、市場は「神の見えざる手」を働かせます。これは「経済は人々の感情の働きを前提として初めてマトモに回る」という命題です。
- 安倍晋三首相やトランプ大統領のような存在は、問題の原因というよりも結果に過ぎません。真の原因は、人々の感情的劣化を加速させてきた因果のめぐりです。 | - 「コスパが悪い」「リスクマネジメントができない」などと性愛の営みから退却する若者が急増している。この歴史的劇的変化を修正する方法はあるのだろうか。
- マックス・ウェーバーによれば近代化とは合理化です。合理化とは手続主義化を通じた計算可能化です。計算されるのは利害損得です。
- 【ウェーバーの処方箋】市民(一般ピープル)は法内で損得化していいが、政治家はダメです。政治家は、イザという時に血祭り覚悟で「正しさのために法を破るべき存在」つまり「法外で損得を越える覚悟を持つ存在」であるべきです。
- 近代社会に限らず、大規模定住社会には「内発性の湧き出し口」が要ります。全ての成員は無理であっても、重要な一部は内発的でなければならない--。それを最初に提唱したのがプラトン『国家』の「哲人君主」論でした。
- 「正しさと愛のために法を破る覚悟」が政治家になければ国家は成り立たないように、「正しさと愛のために法を破る構え」が家族成員になければ家族は成り立ちません。損得を越える存在が少しでも生まれるような「仕掛け」が要ります。
- アリストテレスは「仲間」のために死ぬよりも「仲間」を越えた〈仲間〉つまりポリスのために死ぬのが尊いとしました。「フィリア(仲間愛)の善」を越えた「ゾーオンポリティコン(ポリス的動物=ポリス愛)の最高善」です。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2018年 『問題は右でも左でもなく下である』帯のアオリ文 | - 財界のケツを舐めて密かに移民導入をすすめる政権。 グローバリズムによる社会の疲弊を推進する政権。 クソが付いていても米国のケツを舐めたがる政権。
- 共産党でさえ口にしない「〜革命」を標榜する政権。 クズの忖度はしても陛下の意向を忖度しない政権。 それが「保守政権」を名乗る「美しい日本」ぶり。
- 日頃の孤独と鬱憤を弱者への攻撃で晴らすヘタレ。 「〜は敵だ!」とひたすら反復する言葉の自動機械。 デマだと攻撃して、反証されると黙り込む卑怯者。
- 自らは平気でデマを噴き、指摘されると黙るクズ。 「保守政権」に重用されて承認されたと喜ぶ承認厨。 それが「保守」を自称し「保守政権」を支えるお笑い。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2018年 『評伝小室直樹』 | - 小室先生の本の中で最も好きなのが『三島由紀夫が復活する』(毎日コミュニケーションズ)と『奇蹟の今上天皇』(PHP研究所)なんです。
- 小室先生に申しあげた。「社会をどうやって維持できるかといったら、損得勘定を超えた内側から現われるなにものかをどうやって受け継ぐかにかかっているのではないか。」
- 僕が、『援交から革命』(ワニブックス)へ、後に『援交から天皇へ』(朝日新聞社)と改題される本を出すきっかけは、小室先生との会話でした。
- 【小室ゼミ】宮台にはどうしてもわからなかったことがある。それは「どうして文系の学生にとって馴染みのない線形代数学や微分方程式が『初級』コースで、馴染みのあるヴェーバーの宗教社会学が『上級』コースなのか」ということである。その理由がわかったときには、およそ10年の月日が経っていた。
- 【1996年】対談途中、宮台はこう慨嘆した。「小室先生、日本はもうダメですよ」小室は笑顔でこう答えた。「否。宮台くん、社会が悪くなると人が輝く。心配はいらない」
- 【2010年】着いたとき、すでに小室は冷たくなっていた。三徴候を確認しなければ…。宮台は、呼吸停止、心停止、そして、懐中電灯をつかっての瞳孔散大により、小室の命の“火”」が消えたことを確認した。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2008年 『教育をめぐる虚構と真実 神保・宮台激トーク・オン・デマンド』 | - 社会学の初学者にまず言うことは警察統計と学校統計は信用するなということです。利害当事者が手前味噌の報告をするからです。
- 世の中がいじめ問題で沸騰しているときには、学校は報告を教育委員会にあげやすい。逆に、いじめが沈静化してきたというイメージが社会的にひろがっているときには、わかりやすくいえば「おたくの学校にはまだいじめがあるんですか」と言われたくないので、隠蔽する動機が増える。
- 日本は少子化で苦しんでいますが、先進国のなかで出生率の上昇に成功した国はすべて婚外子の割合が増えたところです。
- セクハラもパワハラもいじめも、個人主観ではなく共同主観の問題です。「普通の人間がそう受けとるかどうか」いうことが常に重要な基準です。さもないと「告発した者勝ち」ですよ。
- 教員が悪い、校長が悪い、学校が悪い、いじめっ子が悪い、親が悪い、本人が悪い、といった低レベルの話でなく、いじめの動機を惹起し、いじめをとめる気持ちを萎えさせる社会的・人格的メカニズムについては、議論するべきです。
- データも基本的学説も知らずに、血の繋がったお父さんとお母さんが一緒に暮らすのが良い家族などと主張する。こういう輩を僕は「マスターべーション保守」と呼びます。 |
以下のテーマに基づき、宮台真司のつもりでコメントの要点を箇条書きで書いてください。 | 2019年 『民主主義は不可能なのか? コモンセンスが崩壊した世界で』 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 「畏れかつ敬う」つまり「名状しがたいもの」「得体のしれないもの」に感覚を開くこと。それを教えたい。言葉で説明しても伝わらない。ならば体験させる。今の若い親は体験を与える力がありません。
- スローフード運動、メディアリテラシー運動、アンチ・ウォルマート運動などの「新しい社会運動」は、共同体が市場に依存しすぎても国家に依存しすぎても危険だという発想です。依存を回避し、共同体の自立をめざせと。日本にはありません。
- 絶対神が存在する文化圏では「自分がどう思うか」とは別に「神がどう思うか」に常に立ち戻って直接性から離れられる。日本の場合はせいぜい友達としての八百万の神がいるだけで、直接性から離れた視座に立てない。
- フィシュキンの実証研究によれば、同性婚についてであれ犯罪重罰化についてであれ、主題に関係なく、熟議を経た世論調査ないし投票では、熟議を経ない世論調査や投票と比べて必ずリベラル方向にシフトします。
- 今日では、「本当に正しいか、ただのデマか」をめぐる議論をフォローできること自体が余裕をかましたリベラルということで、そこがトートロジーになっている以上、「正しさ」に固執しても拡がりません。
- 今の社会学には不満があります。一方に価値について機能的に語ることさえ憚られる雰囲気があり、他方にフェミニズムやカルチュラル・スタディーズのような「価値を語り合う内輪」があり、両極分解しています。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 「畏れかつ敬う」つまり「名状しがたいもの」「得体のしれないもの」に感覚を開くこと。それを教えたい。言葉で説明しても伝わらない。ならば体験させる。今の若い親は体験を与える力がありません。
- スローフード運動、メディアリテラシー運動、アンチ・ウォルマート運動などの「新しい社会運動」は、共同体が市場に依存しすぎても国家に依存しすぎても危険だという発想です。依存を回避し、共同体の自立をめざせと。日本にはありません。
- 絶対神が存在する文化圏では「自分がどう思うか」とは別に「神がどう思うか」に常に立ち戻って直接性から離れられる。日本の場合はせいぜい友達としての八百万の神がいるだけで、直接性から離れた視座に立てない。
- フィシュキンの実証研究によれば、同性婚についてであれ犯罪重罰化についてであれ、主題に関係なく、熟議を経た世論調査ないし投票では、熟議を経ない世論調査や投票と比べて必ずリベラル方向にシフトします。
- 今日では、「本当に正しいか、ただのデマか」をめぐる議論をフォローできること自体が余裕をかましたリベラルということで、そこがトートロジーになっている以上、「正しさ」に固執しても拡がりません。
- 今の社会学には不満があります。一方に価値について機能的に語ることさえ憚られる雰囲気があり、他方にフェミニズムやカルチュラル・スタディーズのような「価値を語り合う内輪」があり、両極分解しています。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 勤勉で正直な自分らマジョリティは、弱者を騙るずるい人(生活保護受給者や在日コリアンやLGBT…)や国に利益を奪われている -- 。そんな被害妄想が拡大しています。
- 若い世代ほど安倍内閣支持率が高く、東大生も歴代内閣で現安倍内閣の支持率が最高なのですね。
- 大化の改新から江戸時代までのあいだ、七割ぐらいの天皇が生前に譲位しています。その譲位宣命には「自分には徳が足りないから」という言葉が入るのが定型です。
- 【慰安婦問題】日本では右から「軍の関与はなかった」という擁護が、左から「軍が関与してした」という批判があるが、両方誤りで、第二次大戦当時の国際標準では「軍がもっと閲与していなかったから悪い」のです。
- 米国が「もしかすると核があるかもしれない」と思わせる合理的戦略をとり、日本はその核の傘にぶら下がる以上、非核三原則とりわけ「持ち込ませない」は元々完全に無意味なのです。
- 今では東浩紀さんでさえも、「人々が馬鹿でも回るアーキテクチャがあり得ると思っていたが、人々が馬鹿に堕さないアーキテクチャがなければ無理だ」と発言するようになりました。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 勤勉で正直な自分らマジョリティは、弱者を騙るずるい人(生活保護受給者や在日コリアンやLGBT…)や国に利益を奪われている -- 。そんな被害妄想が拡大しています。
- 若い世代ほど安倍内閣支持率が高く、東大生も歴代内閣で現安倍内閣の支持率が最高なのですね。
- 大化の改新から江戸時代までのあいだ、七割ぐらいの天皇が生前に譲位しています。その譲位宣命には「自分には徳が足りないから」という言葉が入るのが定型です。
- 【慰安婦問題】日本では右から「軍の関与はなかった」という擁護が、左から「軍が関与してした」という批判があるが、両方誤りで、第二次大戦当時の国際標準では「軍がもっと閲与していなかったから悪い」のです。
- 米国が「もしかすると核があるかもしれない」と思わせる合理的戦略をとり、日本はその核の傘にぶら下がる以上、非核三原則とりわけ「持ち込ませない」は元々完全に無意味なのです。
- 今では東浩紀さんでさえも、「人々が馬鹿でも回るアーキテクチャがあり得ると思っていたが、人々が馬鹿に堕さないアーキテクチャがなければ無理だ」と発言するようになりました。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 米国と欧州では保守概念が逆。「フランス革命=市民の自由」を懐疑するのが欧州流保守で「独立革命=市民の自由」を信奉するのが米国流保守。リベラルの向きも逆です。
- 米国における共和主義者という意味での右は、日本の右と全く違う。サンデルは共和主義者です。しかし日本では、コミュニタリアニズムというと左のニュアンスです。
- 愛なき夫婦は、男が失職した途端に離婚しがちです。それもあって在宅死15万人中の2割に当たる3万人が孤独死で9割が男です。
- 天皇は意思も価値観もお持ちだけど、未熟な日本人が依存しないように極力表に出さないようにしておられる。そのお気持ちに応えなければいけない。コール&レスポンスが必要です。
- 明治の時代は左翼思想家であっても天皇制を頭から否定する人はいません。なぜなら、当時の知識人の間では、天皇制についての共通認識 -- 密教 -- があったからです。
- カルチャーセンターでは今、最先端の思想でなく、古典を教えてくれという要求が専らです。受講生らに尋ねると「巷の理解が間違ってるようだから」と言う。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 米国と欧州では保守概念が逆。「フランス革命=市民の自由」を懐疑するのが欧州流保守で「独立革命=市民の自由」を信奉するのが米国流保守。リベラルの向きも逆です。
- 米国における共和主義者という意味での右は、日本の右と全く違う。サンデルは共和主義者です。しかし日本では、コミュニタリアニズムというと左のニュアンスです。
- 愛なき夫婦は、男が失職した途端に離婚しがちです。それもあって在宅死15万人中の2割に当たる3万人が孤独死で9割が男です。
- 天皇は意思も価値観もお持ちだけど、未熟な日本人が依存しないように極力表に出さないようにしておられる。そのお気持ちに応えなければいけない。コール&レスポンスが必要です。
- 明治の時代は左翼思想家であっても天皇制を頭から否定する人はいません。なぜなら、当時の知識人の間では、天皇制についての共通認識 -- 密教 -- があったからです。
- カルチャーセンターでは今、最先端の思想でなく、古典を教えてくれという要求が専らです。受講生らに尋ねると「巷の理解が間違ってるようだから」と言う。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 「正しいことを言えば通じる」「間違っていると糾弾すれば向こうもビビる」という考え方は出鱈目です。そんなことじゃ人を動機付けられない。正義と享楽は違う。言語と動機付けは違うのです。
- 日本だけが「絶対安全神話」「全量再処理神話」「原発安価神話」という三つの〈フィクションの繭〉の中にいることが分かった。これでは「なんとかに刃物」「ブレーキのない車」です。
- 日本の親は尊敬されず、子は自尊心が乏しい。日本の親が「成績が良くても悪くても正しさと愛があれば生きていける」と教えず「命懸けで頑張らないと負け組だぞ!」だからですね(笑)。
- 欧米の公は、内集団(所属集団)と外集団(非所属集団)を含んだ包括集団(市民社会)を支える原則のことだけど、日本の公は、滅私奉公の公で、所詮は内集団(所属集団)の原則に過ぎません。
- 日本人は、絶対神がないかわりに八百万の神、分かりやすくいえば妖怪たちに囲まれています。でも妖怪は、環境が変わると種類が変わる。アニミズム的感受性は生活形式の同一性を支える眼差しを与えません。
- 僕の院ゼミは過半が中国人留学生ですが、トランプ大統領と比べて習近平中央委員会総書記がどう評価できるかについて興味深い話をしてくれます。 |
宮台真司のつもりで以下のコメントのつづきを箇条書きで書いてください。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 「正しいことを言えば通じる」「間違っていると糾弾すれば向こうもビビる」という考え方は出鱈目です。そんなことじゃ人を動機付けられない。正義と享楽は違う。言語と動機付けは違うのです。
- 日本だけが「絶対安全神話」「全量再処理神話」「原発安価神話」という三つの〈フィクションの繭〉の中にいることが分かった。これでは「なんとかに刃物」「ブレーキのない車」です。
- 日本の親は尊敬されず、子は自尊心が乏しい。日本の親が「成績が良くても悪くても正しさと愛があれば生きていける」と教えず「命懸けで頑張らないと負け組だぞ!」だからですね(笑)。
- 欧米の公は、内集団(所属集団)と外集団(非所属集団)を含んだ包括集団(市民社会)を支える原則のことだけど、日本の公は、滅私奉公の公で、所詮は内集団(所属集団)の原則に過ぎません。
- 日本人は、絶対神がないかわりに八百万の神、分かりやすくいえば妖怪たちに囲まれています。でも妖怪は、環境が変わると種類が変わる。アニミズム的感受性は生活形式の同一性を支える眼差しを与えません。
- 僕の院ゼミは過半が中国人留学生ですが、トランプ大統領と比べて習近平中央委員会総書記がどう評価できるかについて興味深い話をしてくれます。 | 2009年〜2019年 読書人掲載の鼎談集
- 日本は役人の人口比が小さいのに政府の借金が最も大きい。理由は事業効率の悪さ。
- 法令順守に意味を与える社会自体が危うい場合、血祭り覚悟で法令の枠外に出る覚悟が政治家に要求される。
- 日本だけが「絶対安全神話」「全量再処理神話」「原発安価神話」という三つの〈フィクションの繭〉の中にいることが分かった。これでは「なんとかに刃物」「ブレーキのない車」です。
- 米国と欧州ではリベラル概念が逆です。欧州流リベラルは「市民の自由=政治参加」を称揚し米国流リベラルは「市民の自由=市場主義」を懐疑する。
- 日本の審議会では官僚が専門家を人選した段階でシナリオが決まります。誰をファシリテーターにするか、誰を専門家として呼ぶかを、官僚に任せてはいけない。
- 英国王室の人々が政治的なことを喋っても問題にはならないのは俗人だからです。「チャールズがまた何か言ってるぜ」じゃなく、天皇が何を言うかが大きな政治的衝撃力を持つのは、俗人ではないからです。 |
Subsets and Splits